葦原中國平定③|阿遲志貴高日子根神

2019年9月4日

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天若日子の葬儀

現代語

天若日子の妻の下照比売命の泣く声が、風に乗って天上にまで届きました。

天上の天若日子の父の天津国玉神(アマツクニタマのかみ)やその妻子がこれを聞いて、葦原中国に降りてきて悲しみました。

その地に喪屋を作り、河鴈(かはかり)を死者に供える食物を持つ役とし、鷺(さぎ)を掃き清めるほうきを持つ役)とし、翠鳥(そにとり)を死者に供える食物を作る役とし、雀(すずめ)を米を搗く女とし、雉を泣女と、それぞれ定めて、八日八夜に亘って歌舞をしました。

原文

故、天若日子之妻・下照比賣之哭聲、與風響到天。於是在天、天若日子之父・天津國玉神、及其妻子聞而、降來哭悲、乃於其處作喪屋而、河雁爲岐佐理持自岐下三字以音、鷺爲掃持、翠鳥爲御食人、雀爲碓女、雉爲哭女、如此行定而、日八日夜八夜遊也。

簡単な解説

泣女

天若日子の葬儀は、鳥がたくさん登場します。

雉が泣女ですか。

そういえば、私の祖母が亡くなった時、知らないおばあさんが、火葬場で踊りながら泣く真似をしていました。このときが最初で最後ですね。「ナキメ」を見たのは。

この葬儀って、もしかして、、、

鳥がたくさん出てくることから、鳥葬を連想させられます。鳥葬は死者を山に置いて、その死体を鳥に食べさせるという葬儀方法です。風葬ともいいます。

鳥が食べることで霊魂を天に戻すという考え方や、鳥獣を食べて生きてきたから最後はその鳥獣のために肉体を提供するという「お布施」の考え方など、その発祥にはいろいろとあるそうです。

日本でも平安時代まで、その風習がありました。京都の鳥部野(とりべの)、蓮台野(れんだいの)、紫野(むらさきの)、化野(あだしの)などがそれです。

奈良でいうと、春日山の南にある高円山や、平城京の北の佐紀や佐保あたりでしょうか。そのあたりに行くと、至る所に石仏が、、、

 

阿遲志貴高日子根神の登場

この時、阿遲志貴高日子根神(アヂシキタカヒコネの神)が天若日子の葬儀に参列すると、天若日子の父や妻が皆で泣いて、

我が子は死なずに生きていた。我が君は死なずに生きておられた。

と言って、手足に取りすがって泣きました。

間違えた理由は、死んだ天若日子と阿遲志貴高日子根神の容姿がとてもよく似ていたからです。

しかし、阿遲志貴高日子根神は大変怒って、

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私は天若日子が親友なればこそ、お悔やみに来たのに、私を死人と間違えるとは何事じゃ!
と言って、帯びていた十掬剣(とつかのつるぎ)で喪屋を斬り倒し、蹴飛ばしてしまいました。
それが、美濃国の長良川の河上にある喪山(もやま)となりました。
また、この時の大刀の名は大量(おほはかり)といいます。またの名を神度剣(かむどのつるぎ)といいます。
阿遲志貴高日子根神が怒って飛び去った時、その同母妹の高比賣命(タカヒメの命)が、阿遲志貴高日子根神の名を明らかにしようと思い、歌を詠みました。
Left Caption

天上にいるうら若き機織女(はたおりめ)が
首に掛けている玉の首飾り。

その首飾りの穴のあいた玉のように、
谷二つに渡って輝いておられるのは

阿治志貴高日子根神です。

この歌を夷振(ひなぶり)といいます。

原文

此時、阿遲志貴高日子根神自阿下四字以音到而、弔天若日子之喪時、自天降到天若日子之父、亦其妻、皆哭云「我子者不死有祁理。此二字以音、下效此。」「我君者不死坐祁理。」云、取懸手足而哭悲也。其過所以者、此二柱神之容姿、甚能相似、故是以過也。於是阿遲志貴高日子根神、大怒曰「我者愛友故弔來耳。何吾比穢死人。」云而、拔所御佩之十掬劒、切伏其喪屋、以足蹶離遣。此者在美濃國藍見河之河上、喪山之者也。其持所切大刀名、謂大量、亦名謂神度劒。度字以音。故、阿治志貴高日子根神者、忿而飛去之時、其伊呂妹高比賣命、思顯其御名、故歌曰、

阿米那流夜 淤登多那婆多能 宇那賀世流 多麻能美須麻流 美須麻流邇 阿那陀麻波夜 美多邇 布多和多良須 阿治志貴多迦 比古泥能迦微曾也

此歌者、夷振也。

簡単な解説

死は穢れ。穢れを嫌うのが神道ですから、怒って当然と言えば当然なのでしょうが、現代人の感覚では、ちょと大人げないような気がしますね。

阿治志貴高日子根神

奈良県御所市の高鴨神社の祭神で、大和国葛城の鴨氏が祭っていた、大和の神です。この鴨氏は出雲から大和に移住したとする説もあります。

後で登場する事代主神も同じように、鴨氏が祀る神ですから、鴨氏を介して出雲と大和は関係が深そうです。

八重事代主神は、宮中に祀られる偉大な神となりましたが、阿治志貴高日子根神はどうでしょう。

迦毛大御神

大国主神の系譜の段で、阿治志貴高日子根神は、今の迦毛大御神です」と紹介されています。

古事記において、大御神は三柱のみ。伊邪那岐大御神、天照大御神、そして迦毛大御神です。

これは凄いですね。大国主神の御子、すなわち国津神である阿治志貴高日子根神が大御神の称号を得るとは。

しかし、何故?

夷振(ひなぶり)

これを詠んだ高比賣命は下照比賣命のことだと思いますが、この歌の内容も、よくわからないといいますか、ここまでの話の流れにマッチしない、居心地の悪さを感じます。

宝石のように光り輝く、三つの谷にまたがるほどに大きな神が、阿治志貴高日子根神なんですよって、それだけがいいたかったの?この場面で?ってなります。

大御神の称号と、この歌。迦毛大御神には、隠された何かがありそうです。

 

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