25代武烈天皇

スポンサーリンク

武烈天皇の宮・后妃皇子女・御陵

現代語

小長谷若雀命(をはつせのわかさざきのみこと)は、長谷之列木宮(はつせのなみきのみや)に都を置いて、天下を治めました。在位期間は八年です。

天皇には太子がなかったので、御子代(みこしろ)として小長谷部(をはつせべ)を定められました。
御陵は片岡之石坏岡(かたをかのいはつきのをか)にあります。

原文

小長谷若雀命 坐長谷之列木宮 治天下捌歲也 此天皇 无太子 故 爲御子代 定小長谷部也 御陵在片岡之石坏岡也

簡単な説明

古事記は、上のような簡単な紹介だけですが、日本書記の武烈天皇は、サドの極致のような振舞いで、極悪非道な天皇であったことが描かれています。

本当なのか、そんな天皇は実在するのか、といった議論が行われているようですよ。

長谷之列木宮(はつせのなみきのみや)

奈良県桜井市大字出雲にある「十二柱神社」あたりが、その伝承地として伝わっています。

片岡之石坏岡(かたをかのいはつきのをか)

奈良県香芝市今泉にある「傍丘磐坏丘北陵」が武烈天皇陵に治定されています。

小長谷若雀命の名前

「小長谷若雀命」が武烈天皇の名前なのですが、これを分解すると、、、

小長谷と若雀。

小長谷は大長谷と対になっています。大長谷は、雄略天皇のことを指します。
若雀は大雀と対になっています。大雀とは、仁徳天皇のことを指します。

聖帝「仁徳天皇」に始まる王朝が、悪徳天皇「雄略」を経て、極悪天皇「武烈」で終わる。といったストーリーを名前に込めたように思えてきます。

となれば、創作された天皇なのかもしれませんね。

次の継体天皇へのつなぎとして、、、

スポンサーリンク