第22代清寧・23代顕宗・24代仁賢– category –
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日本書紀|第二十二代 清寧天皇①|星川皇子の反乱
白髪武廣國押稚日本根子天皇-しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと- 第二十二代 清寧天皇-せいねいてんのう- 【】 bk-1-1 白髪武廣國押稚日本根子天皇と「1」いいます。 天皇は、生まれながらにして白髪でした。成人してから... -
日本書紀|第二十二代 清寧天皇②|磐余甕栗宮・億計と弘計・飯豊皇女
白髪武廣国押稚日本根子天皇-しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと- 第二十二代 清寧天皇-せいねいてんのう- 続き、、、 【即位】 bk-1-1 清寧元年 庚申 480年 正月十五日 役人に命じて、壇場を定められました。 葛城韓媛とさ... -
日本書紀|第二十二代 顕宗天皇①|億計王と弘計王の逃亡
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 【顕宗天皇のひととなり】 弘計天皇の子です。 母は荑媛といいます。 譜第には、 市邊押磐皇子を娶り、三男二女を儲けた。 一子を 居夏姫 といい、 二子を 億計王 ... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇②|縮見屯倉首・室寿の歌
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 続き、、、 【の新築祝い】 清寧二年 十一月に、播磨國司の山部連の先祖の伊豫来目部小楯 の供物を奉りました。 ある話では、郡縣を巡回して、田租を徴収していた、とも伝... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇③|兄弟ついに身分を明かす・飯豐青尊の執政
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 続き、、、 【遂に身分を明らかにする!】 室寿の歌が終わると、琴の音に合わせて、歌って詠まれました。 いなむしろ かはそひやなぎ みづゆけば なびきおきたち その... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇④|皇位の譲り合い・顕宗天皇即位
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 続き、、、 【皇位の譲り合い】 十二月 百官が集まり、そこで、皇太子である億計王が、天皇の 璽 に置き、そして再拜し、諸臣の座に降りて、 「この天子の位というものは... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇⑤|近江の置目が遺骨の在処を知っている
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 続き、、、 【近江国の置目】 二月五日 天皇が、 「先王は災難に遭われて、荒野で亡くなられました。朕は未だ幼かったので、災難から逃げて身を隠したが、強いて求められ... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇⑥|山部連の誕生・韓帒と倭帒の明暗
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 続き、、、 【山部連の誕生】 三月上巳(かみのみのひ=三日) 後苑で曲水宴を催しました。 四月十一日 天皇が詔して、 「およそ、王が民を励ます方法は、官職を授けるこ... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇⑦|雄略天皇の御陵を破壊するかしないか!
【雄略天皇の御陵を破壊したい!】 顕宗2年 丙寅(ひのえのとら) 486 ・三月三日 後苑にお出ましになり、曲水宴を開かれました。 この時、公卿大夫・臣・連・國造・伴造を招待して、宴会をされました。群臣らは何度も喜びを申し上げました。 八月... -
日本書紀|第二十三代 顕宗天皇⑧|月神と日神・紀生磐宿禰の反乱
弘計天皇 -おけのすめらみこと- 第二十三代 顕宗天皇 -けんぞうてんのう- 続き、、、 【月の神と日の神】 顕宗3年 丁卯(ひのとのう) 487 二月一日 阿閉臣事代 「1」は、天皇の命を受けて任那に使者として出向きました。 この時、月の神...
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