天照大御神と須佐之男命②|五男三女の誕生

2019年9月4日

スポンサーリンク

五男三女

現代語

そこで、二人は天安河(あめのやすのかは)を挟んで宇氣比された後、

天照大御神は速須佐之男命の十拳劍を受け取って、
その剣を三つに打ち折り、
天之眞名井(あめのまない)の水で、
さらさらと音も涼やかに振り濯いで、
噛みに噛んで、吹き出した息の霧から、

三柱の女神が現れました。

その名は、多紀理毗賣命(タキリビメの命)といいます。またの名は奥津嶋比賣命(オキツシマヒメの命)といいます。

次が市寸嶋比賣命(イチキシマヒメの命)またの名は狹依毗賣命(サヨリビメの命)といいます。

次が多岐都比賣命タキツヒメの命)といいます。

 

今度は、速須佐之男命が

天照大御神の左の美豆良(みづら)に巻きつけておられた多くの大きな勾玉の数珠を受け取って、
玉の音もころころと、
天之眞名井の水で振り濯いで、
噛みに噛んで、吹き出した息の霧から
現れた神の名は、

正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミの命)といいます。

 

右の美豆良(みづら)に巻きつけておられた勾玉の数珠を受け取って、
噛みに噛んで、吹き出した息の霧から
現れた神の名を

天之菩卑能命(アメノホヒの命)といいます。

 

鬘(かづら)に巻きつけておられた勾玉の数珠を受け取って、
噛みに噛んで、吹き出した息の霧から
現れた神の名は、

天津日子根命(アマツヒコネの命)といいます。

 

左手に巻きつけておられた勾玉の数珠を乞い受け取って、
噛みに噛んで、吹き出した息の霧から
現れた神の名は、

活津日子根命(イクツヒコネの命)といいます。

 

右手に巻きつけておられた勾玉の数珠を乞い受け取って、
噛みに噛んで、吹き出した息の霧から
現れた神の名は、

熊野久須毗命(クマノクスビの命)といいます。

合わせて五柱です。

 

そこで、天照大御神は速須佐之男命に言いました。

Left Caption

後で生まれた五柱の男子は私の持ち物から生まれました。だから、私の子としましょう。先に生まれた三柱の女子のお前の持ち物から生まれました。だから、お前の子としましょう。

原本

故爾各中置天安河而、宇氣布時、天照大御神、先乞度建速須佐之男命所佩十拳劒、打折三段而、奴那登母母由良邇此八字以音、下效此振滌天之眞名井而、佐賀美邇迦美而自佐下六字以音、下效此、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、多紀理毘賣命此神名以音、亦御名、謂奧津嶋比賣命。次市寸嶋上比賣命、亦御名、謂狹依毘賣命。次多岐都比賣命。三柱、此神名以音。

速須佐之男命、乞度天照大御神所纒左御美豆良八尺勾璁之五百津之美須麻流珠而、奴那登母母由良爾、振滌天之眞名井而、佐賀美邇迦美而、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命。亦乞度所纒右御美豆良之珠而、佐賀美邇迦美而、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、天之菩卑能命。自菩下三字以音。亦乞度所纒御之珠而、佐賀美邇迦美而、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、天津日子根命。又乞度所纒左御手之珠而、佐賀美邇迦美而、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、活津日子根命。亦乞度所纒右御手之珠而、佐賀美邇迦美而、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、熊野久須毘命。自久下三字以音。幷五柱。

於是天照大御神、告速須佐之男命「是後所生五柱男子者、物實因我物所成、故、自吾子也。先所生之三柱女子者、物實因汝物所成、故、乃汝子也。」如此詔別也。

簡単な解説

宗像三女神

須佐之男命の子をされた、多紀理毗賣命、市寸嶋比賣命、多岐都比賣命の三女神は、宗像三女神と称されます。

福岡県宗像市の宗像大社に祀られる神です。

この三女神を奉斎した宗像氏は、下関から佐賀、壱岐、対馬までの広範囲を支配した海洋豪族でしたので、

航海守護の神として、大陸との航路を守護する神として、辺津宮、中津宮、沖津宮と、それぞれ一柱ずつ祀られています。

天之忍穂耳命

なんとも長い名前ですね。

正勝吾勝勝速日」の部分は、「まさに勝った!われは勝った!日が昇る如く素早く勝った!」という、須佐之男命が誓約に勝ったことを主張した時の勝ち名乗りだと言われています。

これほどまでに主張すると、誓約に不正があったのいではないかと思ってしまいますね。

天之菩卑能命

この後、葦原中国平定の場面で登場するので、ここでの説明は控えておきます。でも覚えておいてくださいね。

熊野久須毗命

これ以降、登場することは無かったと思います。あったらごめんなさい。

でもこの神様は、もしかしたら、現在は「熊野大神櫛御気野命」が祀られている出雲の熊野大社の元々の祭神だったかもといわれていますし、

また、和歌山の熊野那智大社の祭神「熊野夫須美大神」の正体を、現在では伊邪那美命とされていますが、本来は熊野久須毘命ではなかったのか、なんて言われています。

 

五男三女の系譜

現代語

多紀理毗賣命は、胸形の奥津宮におられ、市寸嶋比賣命は、胸形の中津宮おられ、田寸津比賣命は、胸形の邊津宮におられます。

この三柱の神は胸形君(むなかたのきみ)らがお祀りしている三前大神(みまへのおほかみ)です。

後で生まれた五柱の御子の中の天之菩卑能命の子が建比良鳥命(タケヒラトリの命)で、

  • 出雲國造
  • 无邪志國造(むざし)
  • 上菟上國造(かみつうなかみ)
  • 下菟上國造(しもつうなかみ)
  • 伊自牟國造(いじむ)
  • 津嶋縣直(つしま)
  • 遠江國造

らの祖神です。

天津日子根命は、

  • 凡川内國造(おおしこうち)
  • 額田部湯坐連(ぬかたべのゆえ)
  • 木国造(きのくに)
  • 茨木國造(いばらき)
  • 倭田中直(やまとのたなか)
  • 山代國造(やましろ)
  • 馬来田國造(うまきた)
  • 道尻岐閇國造(みちのしりのきへ)
  • 周芳國造(すは)
  • 倭淹知造(やまとのあうち)
  • 高市縣主(たけち)
  • 蒲生稲寸(かまふ)
  • 三枝部造(さきくさべ)

らの祖神です。

原本

故、其先所生之神、多紀理毘賣命者、坐胸形之奧津宮。次市寸嶋比賣命者、坐胸形之中津宮。次田寸津比賣命者、坐胸形之邊津宮。此三柱神者、胸形君等之以伊都久三前大神者也。故、此後所生五柱子之中、天菩比命之子、建比良鳥命此出雲國造・无邪志國造・上菟上國造・下菟上國造・伊自牟國造・津嶋縣直・遠江國造等之祖也、次天津日子根命者。凡川內國造・額田部湯坐連・茨木國造・倭田中直・山代國造・馬來田國造・道尻岐閇國造・周芳國造・倭淹知造・高市縣主・蒲生稻寸・三枝部造等之祖也。

スポンサーリンク