神功皇后①|住吉三神が降臨し、新羅征伐へ出発!

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墨江の大神

現代語

天皇が突然亡くなられたので、皆は大変驚き恐れました。

いそいで天皇を殯宮(もがりにのみや)に遷して安置し、更に国内から大幣(おおぬさ)を取って供え、

  1. 生剥(いけはぎ)
  2. 逆剥(さかはぎ)
  3. 畔離ち(あはなち)
  4. 溝埋め(みぞうめ)
  5. 屎戸(くそへ)
  6. 親子婚(おやこたはけ)
  7. 馬婚(うまたはけ)
  8. 牛婚(うしたはけ)
  9. 鷄婚(とりたはけ)
  10. 犬婚(いぬたはけ)

などの罪穢れを、大祓によって清めました。

そして、もう一度、建内宿禰が沙庭にかしずき、神のお告げを求めました。

神のお言葉は、先ほどの言葉と同じでしたが、それに付け加えて、、、

「そもそもこの国は、そなた(皇后)の御腹の御子が治める国である。」

とおっしゃいましたので、建内宿禰が、

「神様、誠に畏れ多いことでございますが、一つお聞かせください。あなた様がおっしゃる、その神の御腹におられる御子とは、何の子でしょうか。」

と質問したところ、

「男子である」

とのことでした。

さらに建内宿禰が重ねて質問しました。

「今、このようにお教えくださっている大神の御名をお教えくださいませ」

「我こそは、天照大神の御心である。また、底筒男(そこつつのを)・中筒男(なかつつのを)・上筒男(うはつつのを)の三柱の大神ともいう。」

このとき、はじめて「三柱の大神」という神名が顕れたのです。

「今、その国を求めようと思うのならば、天つ神、国つ神、また山神や河海の八百万の神々のすべてに、幣帛(みてぐら)を供え、

我が御魂(みたま)を船の上に祀り、真木の灰を瓢箪に入れ、箸と皿をたくさん作って、そのすべてを海に散らし浮かべて、海を渡っていくがよい!」

とおっしゃいました。

原文

爾驚懼而、坐殯宮、更取国之大奴佐而奴佐二字以音、種種求生剥・逆剥・阿離・溝埋・屎戸・上通下通婚・馬婚・牛婚・鷄婚之罪類、爲国之大祓而、亦建內宿禰居於沙庭、請神之命。

於是、教覺之狀、具如先日「凡此国者、坐汝命御腹之御子、所知国者也。」爾建內宿禰白「恐我大神、坐其神腹之御子、何子歟。」答詔「男子也。」爾具請之「今如此言教之大神者、欲知其御名。」卽答詔「是、天照大神之御心者。亦底筒男・中筒男・上筒男、三柱大神者也。」此時其三柱大神之御名者顯也。「今寔思求其国者、於天神地祇亦山神及河海之諸神、悉奉幣帛、我之御魂、坐于船上而、眞木灰納瓠、亦箸及比羅傳此三字以音多作、皆皆散浮大海、以可度。」

簡単な解説

罪穢れ

罪穢れには、天津罪と国津罪があります。ここに上げられた罪のうち、1~5は天津罪で農耕に関する罪、6~10は国津罪で、天津罪よりもずっと原始的な罪といえましょう。

ほかにもありますが、これらの罪や穢れは、祓いや禊でもって簡単に除去されるという観念があったようです。

殯宮

「もがりのみや」「あがりのみや」ともいいます。古代、天皇が亡くなると、喪屋 (もや) を作って死体を葬儀まで安置していたらしいです。

死体が腐敗し白骨化するのを確認してから埋葬していたらしいので、相当長い期間安置していたようです。

 

皇后の新羅平定

現代語

大神のお告げの通りに、軍隊を整え軍船を用意し、海を渡っていくと、海原の魚たち大小を問わず、皆が御船を背に乗せて運んでくれました。

また、追い風が吹き起こり、御船はその波に乗ってグングン進んでいきました。

その御船を乗せた波は、新羅之国(しらきのくに)へ怒涛の如く押し上がって、国土の中程まで到達するほどでしたので、新羅国王は畏れ敬って、

「これからは、天皇様の思し召しのままに、新羅国は天皇様の御馬番となりましょう。

そして、毎年船を連ねて、船底が乾くことの無いように、竿や舵が乾くことが無いように、天地のあらん限り、絶えずお仕え申しげましょう。」

と平服しました。

このようなことから、新羅国を御馬甘(みまかい)、百済国を渡屯家(わたりのみやけ)という役職に定めたのです。

そして、皇后は、御杖を新羅国の国主の門前に突き立てて、墨江大神の荒御魂を、国を守って頂く神として祀ることにして、帰国しました。

原文

故、備如教覺、整軍雙船、度幸之時、海原之魚、不問大小、悉負御船而渡。爾順風大起、御船從浪。故其御船之波瀾、押騰新羅之国、既到半国。於是、其国王畏惶奏言「自今以後、隨天皇命而、爲御馬甘、毎年雙船、不乾船腹、不乾柂檝、共與天地、無退仕奉。」故是、以新羅国者、定御馬甘、百濟国者、定渡屯家。爾以其御杖、衝立新羅国主之門、卽以墨江大神之荒御魂、爲国守神而祭鎭、還渡也。

簡単な解説

いろんな魚が、背中に船を乗せて運んでくれたり、大津波に乗って国の半ばまで乗り入れたり、その様子を見ただけで畏れ慄いた新羅の王様が降参したり。。。

伊邪那岐・伊邪那美の時代の物語のような表現です。まさに、神話ですね。

こうなると、神功皇后の三韓征伐なんてなかったのだろうと思ってしまいますね。

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