神武②|東征|熊野の戦い。高倉下が持ってきた布都御魂の神剣の威力

2019年9月4日

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熊野の荒ぶる神

現代語

神倭伊波禮毘古命は、なおも男水門を廻って進み、熊野村(くまののむら)に上陸しました。

熊野の村では、大熊が現れたかと思うと、すぐに姿を消しました。

すると、突然、神倭伊波禮毘古命は力を失い、兵士たちも皆気を失って倒れてしまったではありませんか。

この時、熊野の高倉下(タカクラジ)が一振りの太刀を携え、天神御子(あまつかみのみこ)が倒れているところに来て、その太刀を献上しました。

すると、不思議な事に、天神の御子はすぐに目覚められて、

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ああ、よく寝た。

と言いながらムクっと起き上がってきて、その太刀を受取りました。

するとどうでしょう。熊野山の荒神(あらぶるかみ)は自然に切り倒され、引っくり返っていた兵士たちも、すべて生気を取り戻しまた。

原文

故、神倭伊波禮毘古命、從其地廻幸、到熊野村之時、大熊髮出入卽失。爾神倭伊波禮毘古命、倐忽爲遠延、及御軍皆遠延而伏。遠延二字以音。此時、熊野之高倉下此者人名賷一横刀、到於天神御子之伏地而獻之時、天神御子卽寤起、詔「長寢乎。」故、受取其横刀之時、其熊野山之荒神、自皆爲切仆、爾其惑伏御軍、悉寤起之。

簡単な解説

熊野村

熊野村とは何処?ということなのですが、熊野とはとても広い地域を指すので、候補地もいくつかあります。その中で、一般的なのが、阿須賀神社あたりです。

阿須賀神社は、熊野川の河口にあります。もともとは河口の島だったらしいです。上陸してすぐに天然の要害として機能しそうですし、ここを拠点にして熊野川をさかのぼると、紀伊半島を縦断できますし。

大熊

「大熊が現れ消えたら、みんな気絶した。」これは神の力ということになりましょう。

アイヌでは森羅万象に神が宿るわけですが、動物に宿る神の中で最も貴重な神が熊の神様らしです。アイヌ語で熊の神様のことを「キムンカムイ」というそうです。キムンは山ですから、熊は山を司る神様でもあるわけです。

この熊野村から始まる山岳地帯は、山の民の領域。すなわち縄文系原住民族の領域でした。その守り神が「山に入るな」と警告するために、現れたのではないでしょうか。

また、次のような解釈もあります。

熊は神という意味を持つことから、大熊とは大神。そして大神を「大きな神聖なるもの」と解釈すると、那智の大滝。大滝が、現れたり消えたり、すなわち、霧か何かで見えたり見えなかったり霞んだりする様子を表しているのではないかとう解釈です。

この説では、そんな神聖かつ雄大な滝を見て感動し、その霧状の飛沫を受けた一行が、戦いの日々に疑問を感じて、戦意を失ってしまった。それを「気を失った」と表現したのではないかと締めくくっています。

なんか、面白い発想ですね。

高倉下

高い倉の主というような名前です。

記紀では、その出自が明かされていませんが、先代旧事本紀では、、、

天孫「饒速日命」の子で尾張連らの祖である天香語山命の、天降りた後の名が高倉下命であると記載されています。

国宝「海部氏系図」では、天香語山命の子とされています。

いずれにしても、物部氏系の神といえるでしょう。

 

高倉下の夢

現代語

天神御子が、どのようにしてこの太刀を手に入れたのかを高倉下に尋ねました。
すると高倉下は、

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御子様。実は昨晩、こんな夢を見たのです。。。

と、切り出しました。

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天照大神と高木神の二柱の神の命により、建御雷神(たけみかづちのかみ)が呼ばれて、大神たちから、次のような命を下されました。
それは、、、『葦原中國(あしはらのなかつくに)がとても騒がしく、我が御子等は平定するのに難儀しているようである。そもそも葦原中國は、お前が平定した国であるからして、お前、建御雷神が天降りて平定してきなさい。』という命令だったのです。

高倉下は、少し間を空けて、夢の様子を思い出しながら話しを続けます。

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すると、建御雷神は、『仰せの事、承りました。しかしながら大神様。私が天降らずとも、その国を平定した太刀がありますので、その太刀を降ろしましょう。

その太刀の名は佐士布都神(サジフツの神)。または甕布都神(ミカフツの神)。または布都御魂(フツノミタマ)といいまして、石上神宮(いそのかみのかむみや)で祀られている太刀でございます。この太刀の神力をもってすれば十分でしょう。

そして、この太刀を地上に降ろす方法は、高倉下の倉の屋根に穴を開けて、そこから落とし入れることにしましょう。』

と大神達に答えました。

そして、今度は私めに向かって、

『そなた、朝目覚めたら、その太刀を取って、天神御子にお持ちするように。よいかの。』

とおっしゃいました。

そのような夢だったのです。

高倉下は、少し自慢気に

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朝目覚めて、私の倉を見に行くと、夢の教えのとおりに、本当に太刀がありましたので、その太刀をお持ちいたしました次第です。

と申し上げました。

さらに高倉下は、引き続き夢で見た高木大神の命令を、倭伊波禮毘古命に報告します。

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高木神は、このようにもおっしゃられました。『天神御子よ。その山中には荒ぶる神が大勢いる。だから、そこから不用意に奧に進んではならぬぞ。

すぐに高天原から八咫烏(ヤタガラス)を遣わすがゆえ、その八咫烏を道案内として、その後を追って進むがよい。』

とのことでございます。

原本

故、天神御子、問獲其横刀之所由、高倉下答曰「己夢云、天照大神・高木神二柱神之命以、召建御雷神而詔『葦原中國者、伊多玖佐夜藝帝阿理那理此十一字以音、我御子等、不平坐良志此二字以音。其葦原中國者、專汝所言向之國、故汝建御雷神可降。』爾答曰『僕雖不降、專有平其國之横刀、可降是刀。此刀名、云佐士布都神、亦名云甕布都神、亦名云布都御魂。此刀者、坐石上神宮也。降此刀狀者、穿高倉下之倉頂、自其墮入。故、阿佐米余玖自阿下五字以音汝取持、獻天神御子。』故、如夢教而、旦見己倉者、信有横刀。故、以是横刀而獻耳。」於是亦、高木大神之命以覺白之「天神御子、自此於奧方莫使入幸。荒神甚多。今、自天遣八咫烏、故其八咫烏引道、從其立後應幸行。」

簡単な解説

布都御魂

葦原中国平定で建御雷神がつかった神剣。「布都」は、斬るときの「ふつ」という音を表しているそうで、布都御魂=「切れ味鋭い剣に宿った神霊」となります。

物部氏・穂積氏らの祖神「宇摩志麻治命」(うましまじのみこと)が宮中で祀っていたものを、崇神天皇の御世に、石上神宮に遷され、ご神体として禁足地に埋められたとされています。

実際、明治時代に掘り起こしたところ、剣が出土したといいますから、凄いですね。

石上神宮

奈良県天理市の山沿いにある神社で、日本最古の神社とされています。

というのも、記紀において固有名詞として神社名が上がったのは、この石上神宮が最初だからです。

しかも「神宮」ですから。我が国屈指のパワースポットといわれます。

八咫烏

神武を道案内したことから導きの神、また太陽の化身ともされます。熊野信仰のシンボルとして、熊野本宮をはじめとする全国の熊野神社の社頭を飾っているヤタガラスですが、

みなさん、ヤタガラスといえば「三本足のカラス」というイメージが強いと思いますが、実は記紀には3本足との記載は一切無いのです。

ヤタガラスが三本足になったのは、といいますか、3本足のヤタガラスの文献上の初見は、平安時代中期の「倭名類聚抄」なんです。

この頃に、ヤタガラスと中国の霊鳥「三足烏(さんそくう)」が習合したのだろうという見方が一般的なようですよ。

 

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