葦原中國平定①|派遣された神々

2019年9月4日

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天菩比神の派遣

現代語

天照大御神は

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豊葦原の水穂国は、我が御子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(アメノオシホミミの命)が治めるべき国です

と仰せられ、天忍穂耳命を天降らせました。

ですが、天忍穂耳命は天浮橋に立って、地上を見て言いました。

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豊葦原の水穂国はひどく騒がしいようだなぁ

天忍穂耳命は、再び帰り上って、天照大御神に申し上げました。

そこで、高御産巣日神の神が、天照大御神の詔に従って、天安河(あめのやすのかは)の河原に八百万神を集め、そして思兼神に問いました。

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天照大御神が、葦原中国(あしはらのなかつくに)は大御神の御子が治めるべき国であると、仰せである。
しかし、その国には荒ぶる国津神が多くいるようだ。
さて、どの神を遣わして説得させたらよいと考えるか。答えよ。

思兼神が八百万神と相談し、

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天菩比神(アメノホヒの神)を遣わすのがよろしいかと。

と申し上げました。

そこで、天菩比神を地上に遣わしました。

しかし天菩比神は、大国主神に懐柔されて、三年経っても報告に戻りませんでした。

原文

天照大御神之命以「豐葦原之千秋長五百秋之水穗國者、我御子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命之所知國。」言因賜而天降也。於是、天忍穗耳命、於天浮橋多多志此三字以音而詔之「豐葦原之千秋長五百秋之水穗國者、伊多久佐夜藝弖此七字以音有那理此二字以音、下效此。」告而、更還上、請于天照大神。

爾高御產巢日神・天照大御神之命以、於天安河之河原、神集八百萬神集而、思金神令思而詔「此葦原中國者、我御子之所知國、言依所賜之國也。故、以爲於此國道速振荒振國神等之多在。是使何神而、將言趣。」爾思金神及八百萬神、議白之「天菩比神、是可遣。」故、遣天菩比神者、乃媚附大國主神、至于三年、不復奏。

簡単な解説

治めるべき国とは?

天照大御神は、葦原中國は我が天神が統治するべき国であるといいました。どこからそのような「べき」という表現が生まれるのでしょうか。

これは、最初の最初、天神から伊邪那岐と伊邪那美が「この国を作り固め、仕上なさい」と言依されたことに起因します。この委任は絶対なのです。

これが、唯一天皇だけが日本を統治する権利を有する理由だからです。

天菩比命

天忍穂耳命の弟です。ですから、天照大御神の第二子ですね。

古事記では、大国主神に懐柔されて戻ってこなかった裏切り者として描かれていますが、「出雲国造神賀詞」では、経津主命とともに葦原中國を平定したことになっています。

天若日子の派遣

現代語

その為、高御産巣日神と天照大御神が、また神々に問いました。

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葦原中国に遣わした天菩比神は永らく報告に戻って来ない。今度はどの神を遣わせば良い思うか。答えよ。

すると思兼神が

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天津国玉神(アマツクニタマの神)の子の天若日子(天若日子)を遣わすのがよろしいかと思います。

と答えました。

そこで、天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)と天之波矢(あめのははや)を天若日子に授けて葦原中国に遣わしました。

天若日子は、オホクイニヌシの娘の下照比賣(シタテルヒメ)を娶り、葦原中国を自分のものにしようと考えて、八年経っても報告に戻りませんでした。

原文

是以、高御產巢日神・天照大御神、亦問諸神等「所遣葦原中國之天菩比神、久不復奏。亦使何神之吉。」爾思金神答白「可遣天津國玉神之子、天若日子。」故爾、以天之麻迦古弓自麻下三字以音・天之波波此二字以音矢、賜天若日子而遣。於是、天若日子、降到其國、卽娶大國主神之女、下照比賣、亦慮獲其國、至于八年、不復奏。

簡単な解説

特にないのですが、

思兼神の思考力は、いかがなものかと思ったりします。失敗続きですからね。

高産巣日神の御子ですので、叱られないのでしょうか。

いやいや、思兼神の能力をもってしても難しいことなんですよ。きっと。

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