16代仁徳天皇②|皇后のヤキモチの真相とは、、、

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吉備の黒日賣

現代語

大后の石之日賣命(いはのひめの命)は大変なヤキモチ焼きでした。そのため、天皇が召された妃は皆、宮中に入ることができません。

新しい妃の噂が立つと、皇后は地団太を踏んで妬むほどです。

それでも、天皇は吉備の海部直(あまべのあたひ)の娘の黒日賣(くろひめ)が容姿端麗だと聞き、お召しになりました。

しかし、黒日賣は皇后のヤキモチの炎を恐れて、国元に引き返してしまいました。

天皇が高台から黒日賣の船を眺めて詠んだ歌は、

沖のには小舟が浮いている。
あれはしのあの
国へ帰るのだ。

大后は天皇が詠んだこの御歌を聞き、大変に嫉妬して、大浦に人を遣わせて、黒日賣を船から降ろして、国元まで歩いて帰らせました。

天皇は黒日賣が恋しくなって、大后に

「淡路島を見たい」

と嘘を言って、淡道嶋に行って詠んだ歌は、

海の照り輝く難波の埼から
立ち出でて国々を見やれば、
阿波島や淤能碁呂島
アヂマサの島も見える。
サケツ島も見える。

そして天皇は、淡路島から吉備国に行きました。

黒日賣は、天皇を吉備国の山の方に案内して、お食事を差し上げようと食材の菘菜を採っていると、そこに天皇がお越しになられて詠まれた歌

山の畑に蒔いた青菜も
吉備の人と一緒に摘むと
樂しいことだな。

天皇がお帰りになられるときに、黒日賣が詠まれた歌

大和の方へ西風が吹き上げて
雲が離れるように離れていても
忘れは致しません。

また歌って

大和の方へ行くのは誰方樣でしよう。
地の下の水のように、心の底で物思いをして
行くのは誰方樣でしよう。

原文

其大后石之日賣命、甚多嫉妬。故、天皇所使之妾者、不得臨宮中、言立者、足母阿賀迦邇嫉妬。自母下五字以音。爾天皇、聞看吉備海部直之女・名黒日賣、其容姿端正、喚上而使也。然、畏其大后之嫉、逃下本國、天皇坐高臺、望瞻其黒日賣之船出浮海、以歌曰、

淤岐幣邇波 袁夫泥都羅羅玖 久漏邪夜能 摩佐豆古和藝毛 玖邇幣玖陀良須

故、大后聞是之御歌、大忿、遣人於大浦、追下而、自步追去。於是天皇、戀其黒日賣、欺大后曰「欲見淡道嶋。」而、幸行之時、坐淡道嶋、遙望歌曰、

淤志弖流夜 那爾波能佐岐用 伊傳多知弖 和賀久邇美禮婆 阿波志摩 淤能碁呂志摩 阿遲摩佐能 志麻母美由 佐氣都志摩美由

乃自其嶋傳而、幸行吉備國。爾黒日賣、令大坐其國之山方地而、獻大御飯。於是爲煮大御羹、採其地之菘菜時、天皇到坐其孃子之採菘處、歌曰、

夜麻賀多邇 麻祁流阿袁那母 岐備比登登 等母邇斯都米婆 多怒斯久母阿流迦

天皇上幸之時、黒日賣獻御歌曰、

夜麻登幣邇 爾斯布岐阿宜弖 玖毛婆那禮 曾岐袁理登母 和禮和須禮米夜

又歌曰、

夜麻登幣邇 由玖波多賀都麻 許母理豆能 志多用波閇都都 由久波多賀都麻

簡単な解説

仁徳天皇記は、ここから石之日賣命の嫉妬の話が続きますが、石之日賣命の嫉妬深さを紹介するためだけなら、一つの説話だけでもいいのに と思うわけです。

仁徳天皇が肉食系男子だったことを紹介したかった?

いやいや、古事記は天皇を讃える史書ですし、聖帝と称された天皇に、それは無いでしょう。

となれば、別の理由があるのでは?と思ってしまいます。

まるで、兄弟で皇位を譲り合ったという茶番のような物語の裏側に、仁徳天皇の暗い側面があったように、、、

そういう視点で見てみると、、、

 

今回のターゲットは、黒日賣でした。

この姫は吉備国の出身です。一方、皇后は葛城氏です。

吉備は吉備王朝が存在したのでは?と言われるほど、大きな勢力を持った豪族でした。ヤマト王権としては武力制圧するか、婚姻関係で懐柔するか、吉備は放ってはおけない存在だったはずです。

仁徳天皇は後者を選択したのでしょう。吉備の娘を妃にすることで、懐柔しようとしたわけです。

一方、既に皇室の外戚になっている葛城氏は、吉備とヤマトの接近に危機感を覚えたことでしょう。吉備の排除に乗り出します。

そんな政局を、吉備出身の黒日賣を葛城出身の皇后が追い出した説話に象徴させたのではないかと、私は想像するのです。

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