古事記|大国主神⑧|大年神の系譜

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大年神の系譜

大年神(オホトシの神)が、神活須比神カムイクスビの神)の娘の伊怒比賣(イノヒメ)を娶って生んだ子は、

  • 大国御魂神(オホクニミタマの神)。
  • 次に韓神(カラの神)。
  • 次に曾富理神(ソホリの神)。
  • 次に白日神(シラヒの神)。
  • 次に聖神(ヒジリの神)

の五柱です。

また、香用比賣此神(カヨヒメ)を娶って生んだ子は、

  • 大香山戸臣神(オホカガヤマトオミの神)。
  • 次に御年神(ミトシの神)

の二柱です。

また、天知迦流美豆比賣(アメチカルミヅヒメ)を娶って生んだ子は、

  • 奥津日子神(オキツヒコの神)。
  • 次に奥津比賣命(オキツヒメの命)。またの名は大戸比賣神(オホトヒメの神)。

この神は、皆が家に祀っている竈の神です。

  • 次に大山咋神(オホヤマクヒの神)。またの名は山末之大主神(ヤマスヱノオホヌシの神)

この神は近江の国の日枝山(ひえのやま:比叡山)においでになる神で、また葛野の松尾(まつのを)にも鎮まる、鳴鏑矢をお持ちの神です。

  • 次に庭津日神(ニハツヒの神)。
  • 次に阿須波神此神(アスハの神)。
  • 次に波比岐神此神(ハヒキの神)。
  • 次に香山戸臣神(カガヤマトオミの神)。
  • 次に羽山戸神(ハヤマトの神)。
  • 次に庭高津日神(ニハタカツヒの神)。
  • 次に大土神(オホツチの神)。またの名は土之御祖神(ツチノミオヤの神)

の、九柱の神です。

このように、大年神の子は、大国御魂神より大土神まで合わせて十六柱にもなります。

羽山戸神の系譜

現代語

羽山戸神(はやまとの神)が大氣都比賣神(オホゲツヒメの神)を娶って生んだ子は、

  • 若山咋神(ワカヤマクヒの神)。
  • 次に若年神(ワカトシの神)。
  • 次に妹の若沙那賣神(ワカサナメの神)。
  • 次に彌豆麻岐神(ミヅマキの神)。
  • 次に夏高津日神(ナツタカツヒの神)。またの名は夏之賣神(ナツノメの神)。
  • 次に秋毗賣神(アキビメの神)。
  • 次に久久年神(ククトシの神)。
  • 次に久久紀若室葛根神(ククキワカムロツナネの神)。

このように、羽山戸神の子は、若山咋神より若室葛根まで合わせて八柱です。

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ひとことメモ

大年神は、須佐之男命の御子で同母の兄弟に「宇迦之御魂神」がいます。

しかし、ここにきて、大年神の系譜が記載されているのは違和感を持ちます。といいますか、私の印象としては、大年神の事績は削除して、系譜のみが記載されているという感じです。

わざわざここに系譜が記されるからには、無視できない神の系統だと思うからです。

天武天皇が「帝紀を正して、、、皇統の正統を謳い上げる」ための、その正した部分なのではないかと。

何が言いたいかというと、饒速日尊です。大年は饒速日尊であるという説があります。

天孫瓊瓊杵尊以前に河内に降臨し大和に王朝を築いていたかもしれない大王。

そしてその国は、神武に乗っ取られて、歴史から抹殺された大王「饒速日尊」です。

これはあくまでも私見です。学術的根拠のない、独り言と思って下さいな。

羽山戸神の系譜

大年神の御子の羽山戸神の系譜が、、、これまた違和感しかないではないか!って感じです。

奈良県の奈良高校のすぐ西側に、11代垂仁天皇の皇后で、天皇転覆を諮った兄に巻き込まれて死んでしまう「狭本毘売命」ゆかりの神社があります。

狭岡神社です。

こちらの祭神が、この羽山戸神の八柱の御子たちなのです。

そして、この神社は、なんと藤原不比等が国家鎮護のために自分の邸宅内の丘に祀ったのが始まりと言われています。

不比等といえば、記紀編纂に多いに関与した人物。天武天皇以来の「帝紀を正す」ことに徹底した人物と言われています。

その不比等が、羽山戸神の御子たち、言い換えれば、饒速日尊の孫たちを祀る理由は何なのでしょうか。罪滅ぼし???

興味深いですね。

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