15代応神天皇③|髪長比賣の譲渡や吉野の国主歌の真意とは?

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美しすぎる髮長比賣

現代語

天皇は、日向国の諸縣君(もろあがたのきみ)の娘の髮長比賣(かみながひめ)が、とても美しい乙女だという噂を聞き、召し出させました。

日向から船に乗ってやってきた髮長比賣を、皇太子の大雀命が難波の津で見るなり、その容姿の美しさに感じ入って、、、

なんと、次のような無理を建内宿禰大臣に頼みました。

「日向から呼び出された髮長比賣を、天皇にお願いして、私に賜るようにしてくれぬか。」

無理難題ではありましたが、そこは伝説の大臣であるところの建内宿禰です。天皇にお伺いしたところ、天皇は髮長比賣を御子に与えてくれることになりました。

その与えた時の様子といいますと、、、

天皇が宴会を開き、髮長比賣に命じ、お酒を注ぐ柏葉(かしわ)の盃を皇太子に持って行かせました。

そして、天皇が歌を詠みました。

さあおたち、野蒜みに
みに 行く道の
ばしい 花橘の樹、
上の枝は 鳥が居て枯らし
下の枝は 人が取りて枯らし、
三つ栗のような 眞中の枝の
穂積もりを 頬の赤いお孃さんに
挿してあげれば よかろうよ

また、詠まれた歌

水のたまっている依網の池に
知らぬまに堰杙を打ちやがった
知らぬまに縄張りを延ばしやがった
うっかりしていた 悔しいぞ

このように歌を詠まれて、乙女を与えたのです。

 

一方、乙女を得た大雀命が、詠まれた歌は、

遠い国の麗しい乙女を、
雷鳴のような 父の怒りが聞こえるが
気にすることなく 一緒に寝ようぜ

また詠まれた歌

遠い国の麗しい乙女を、
争うことなく抱けたのは
悔しがる父の でも、愛あればこそだ

原文

天皇聞看日向國諸縣君之女・名髮長比賣、其顏容麗美、將使而喚上之時、其太子大雀命、見其孃子泊于難波津而、感其姿容之端正、卽誂告建內宿禰大臣「是自日向喚上之髮長比賣者、請白天皇之大御所而、令賜於吾。」爾建內宿禰大臣、請大命者、天皇卽以髮長比賣、賜于其御子。所賜狀者、天皇聞看豐明之日、於髮長比賣令握大御酒柏、賜其太子。爾御歌曰、

伊邪古杼母 怒毘流都美邇 比流都美邇 和賀由久美知能 迦具波斯 波那多知婆那波 本都延波 登理韋賀良斯 志豆延波 比登登理賀良斯 美都具理能 那迦都延能 本都毛理 阿加良袁登賣袁 伊邪佐佐婆 余良斯那

又御歌曰、

美豆多麻流 余佐美能伊氣能 韋具比宇知賀 佐斯祁流斯良邇 奴那波久理 波閇祁久斯良邇 和賀許許呂志叙 伊夜袁許邇斯弖 伊麻叙久夜斯岐

如此歌而賜也。故被賜其孃子之後、太子歌曰、

美知能斯理 古波陀袁登賣袁 迦微能碁登 岐許延斯迦杼母 阿比麻久良麻久

又歌曰、

美知能斯理 古波陀袁登賣波 阿良蘇波受 泥斯久袁斯叙母 宇流波志美意母布

簡単な解説

日向国の諸縣(むらかた)

宮崎県の、えびの市、小林市、都城市。そして鹿児島県の曽於市、志布志市。このあたりが、かつての諸県郡です。

天皇の歌

息子に恋人を譲る親の気持ちなんて想像もできませんが、これらの歌からは、悔しい気持ち半分、子供を愛する気持ち半分といった様子がわかります。

大雀命の歌

一方、息子の歌はというと、父親が怒っていることは知りつつも、、、といったところでしょうか。

最後の歌は、父親の愛情に感謝しているように思えましたので、そのような訳にしてます。

 

吉野の国主らの国主歌(くずうた)

現代語

ある時、吉野の国主(よしののくず)らが、大雀命が佩いていた太刀を見て詠いました。その歌は、

天子の日の御子 オホサザキ樣
オホサザキ樣のおきの大刀は、
手元は鋭く切先は魂あり。

冬木の素幹の下に生える若木の葉が
さやさやと 鳴り渡るでしょう

また、吉野の樫の木の林で横臼作って、それでお酒を作り、そのお酒を献上するときに、口鼓を撃ち、詠んだ歌は、

カシの木の原に横の廣い臼を作り
その臼にしたお酒、
おいしそうに召し上がりませ、
わたしのさん。

この歌は、国主らが土地の産物を献上するときに、今でも詠う歌です。

原文

又吉野之國主等、瞻大雀命之所佩御刀歌曰、

本牟多能 比能美古 意富佐邪岐 意富佐邪岐 波加勢流多知 母登都流藝 須惠布由 布由紀能須 加良賀志多紀能 佐夜佐夜

又於吉野之白檮上、作横臼而、於其横臼釀大御酒、獻其大御酒之時、擊口鼓爲伎而歌曰、

加志能布邇 余久須袁都久理 余久須邇 迦美斯意富美岐 宇麻良爾 岐許志母知袁勢 麻呂賀知

此歌者、國主等獻大贄之時時、恒至于今詠之歌者也。

簡単な解説

吉野の国主(くず)

これは吉野の国栖のことを指すのでしょう。神武天皇の東征のとき、熊野から八咫烏に導かれて山を越え、吉野で出会った国津神「石押分之子」の末裔が吉野の国栖です。

太刀の歌

そもそも、自分が妃にしようと思い召し上げた乙女を息子に譲るという行為が、皇位継承の意思を表している、もしくは、そのように(読者に)解釈させる意図を持っていると思われます。

となれば、この歌も同じで、

冬になって葉がすべて落ち、裸の幹だけになった木の根元から、春には若い枝が出てきて、サヤサヤと爽やかな音を響かせる様は、応神天皇から大雀命への世代交代、すなわち皇位継承をにおわせているのではないでしょうか。

吉野の国主の歌

国主・国造からの贄を飲食するのは天皇の特権です。国を食す(おす)=統治する。

今ここに、吉野の国主が特産品として酒を大雀命に献上しました。まさに、これも皇位継承を示唆するものと考えられます。

なぜこのように、匂わせるのでしょう。

この時点では、弟の宇遲能和紀郎子(うぢのわきいらつこ)が皇位継承者として決まっているからです。

でも結局は、大雀命が天下を治めることになるからで、そのことを正当化しようという意図が感じられるのです。

では、なぜ正当化しようとするのでしょう。

それは正当な皇位継承方法ではなかったからなのでは?と勘繰りたくなりますよね。

それは、また後日!

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