15代応神天皇⑥|天之日矛と阿加流比賣神

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天之日矛と阿加流比賣神

現代語

遠い遠い昔の話です。新羅国主の子の天之日矛(あめのひこほ)が渡来してきました。

渡来の理由は次の通りです。

 

新羅国に一つの沼がありました。阿具奴摩(あぐぬま)といいます。

この沼の畔で、身分の低い女が昼寝をしていると、日の光が虹のようになって、女陰あたりに指しました。

それを身分の低い男が見ていて、不思議に思い、女の様子をずっと様子を伺っていたところ、女は昼寝のときに妊娠したようで、赤玉(あかたま)を産みました。

それを見ていた男はその赤玉を貰い受けて、常に腰に着けていました。

この男は、山の谷あいに田を持っていて、毎日そこで働く農夫のために食料を牛で運んでいました。

ある日、谷あいで、その男は国主の子の天之日矛に出会いました。

天之日矛が

「お前はなぜ、牛を使って食料をこんな山の谷あいに運んでいるのだ。牛を殺して食べるのだろう。」

と詰問し、男を捕らえて、牢に入れようとしました。

男は

「私は牛を殺すつもりはありません。ただ、私の田を耕している農夫のために食料を運んでいるだけです」

と答えましたが、天之日矛は許しません。

そこで、男は天之日矛に、腰の赤玉を差し出して、やっと許してもらいました。

天之日矛は、その赤玉を持ち帰って床の間に置いておきました。すると、玉は美しい乙女になり、天之日矛はその乙女を本妻としました。

乙女は、毎日毎食実に美味しい食事で夫をもてなしましたが、天之日矛の心は驕り、妻を罵るようになりました。

すると、乙女は

「本来ならば、私はあなたのような人の妻になるような者ではないのです。私の神の国に帰ります。」

と言い、こっそり小船に乗って海を渡り、難波に着きました。

この乙女が、今、難波の比賣碁曾社(ひめごそのやしろ)に静まり坐ます阿加流比賣神(あかるひめの神)です。

天之日矛は、妻が逃げたことを知り、追いかけました。

難波に着く手前までくると、難波の渡の神が入ることを許さなかったので、多遲摩國(たぢまのくに)に着きました。

 

さて、多遲摩國に逗留し、多遲摩之俣尾(たぢまのまたを)の娘の前津見(さきつみ)を娶って生まれた子が

多遲摩母呂須玖(たぢまもろすく)。

その子が多遲摩斐泥(たぢまひね)。

その子が多遲摩比那良岐(たぢまひならき)。

この多遲摩比那良岐の子が

  • 多遲麻毛理(たぢまもり)
  • 多遲摩比多訶(たぢまひたか)
  • 淸日子(きよひこ)

三柱です。

この淸日子が當摩之咩斐(たぎまのめひ)を娶って生まれた子が

  • 酢鹿之諸男(すかのもろを)
  • 妹の菅竈由良度美(すがかまゆらどみ)

です。

また、先ほどの多遲摩比多訶が姪の由良度美を娶って生まれた子が

  • 葛城之高額比賣命(かづらきのたかぬかひめの命)

この葛城之高額比賣命が、息長帶比賣命(おきながたらしひめの命)の御神なのです。

 

天之日矛が来朝した時に持ってきた物が、玉津寶(たまつたから)といって、

  • 珠(たま)が二つ
  • 振浪比禮比禮(なみふるひれ)
  • 切浪比禮(なみきるひれ)
  • 振風比禮(かぜふるひれ)
  • 切風比禮(かぜきるひれ)
  • 奧津鏡(おきつかがみ)
  • 邊津鏡(へつのかがみ)

の八種の宝です。

これらのものは伊豆志之八前大神(いづしのやまへのおほかみといいます。

原文

又昔、有新羅國主之子、名謂天之日矛、是人參渡來也。所以參渡來者、新羅國有一沼、名謂阿具奴摩。自阿下四字以音。此沼之邊、一賤女晝寢、於是日耀如虹、指其陰上。亦有一賤夫、思異其狀、恒伺其女人之行。故是女人、自其晝寢時、妊身、生赤玉。爾其所伺賤夫、乞取其玉、恒裹著腰。此人營田於山谷之間、故耕人等之飮食、負一牛而入山谷之中、遇逢其國主之子・天之日矛。爾問其人曰「何汝、飮食負牛入山谷。汝必殺食是牛。」卽捕其人、將入獄囚、其人答曰「吾非殺牛。唯送田人之食耳。」然猶不赦。爾解其腰之玉、幣其國主之子。

故、赦其賤夫、將來其玉、置於床邊、卽化美麗孃子、仍婚爲嫡妻。爾其孃子、常設種種之珍味、恒食其夫。故其國主之子、心奢詈妻、其女人言「凡吾者、非應爲汝妻之女。將行吾神之國。」卽竊乘小船、逃遁渡來、留于難波。此者坐難波之比賣碁曾社、謂阿加流比賣神者也。於是天之日矛、聞其妻遁、乃追渡來、將到難波之間、其渡之神、塞以不入。

故更還泊多遲摩國、卽留其國而、娶多遲摩之俣尾之女・名前津見、生子、多遲摩母呂須玖。此之子、多遲摩斐泥、此之子、多遲摩比那良岐、此之子、多遲麻毛理、次多遲摩比多訶、次淸日子。三柱。此淸日子、娶當摩之咩斐、生子、酢鹿之諸男、次妹菅竈上由良度美。此四字以音。

故、上云多遲摩比多訶、娶其姪・由良度美、生子、葛城之高額比賣命。此者息長帶比賣命之御神。故其天之日矛持渡來物者、玉津寶云而、珠二貫・又振浪比禮比禮二字以音、下效此・切浪比禮・振風比禮・切風比禮、又奧津鏡・邊津鏡、幷八種也。此者伊豆志之八前大神也。

簡単な解説

日光感精型神話

日光が女陰を照らして子を孕むという神話の典型です。そのようにして生まれてきた子は、特別な子ですから、男の子なら生まれながらにして大王となる資格を持つことを意味します。

赤玉

卵生型神話というのがあって、それは卵から生まれることの特異性を以って、同じく特別な子であることを示唆するのですが、今回は赤玉です。

おそらく赤は太陽を表していて、朝鮮半島の日神信仰を反映しつつ、普通の卵生神話よりもずっと強力な特異性が表現されることを期待しているのでしょう。

多遲麻毛理

垂仁天皇の段で、常世国に「非時香菓(ときじくのかくのみ)」(橘のこととされています)を取りに行った人です。

和歌山県海南市(旧下津町)の橘本神社の元の鎮座地は田道間守が持ち帰った橘が移植された地だそうです。道理で。下津みかん、有田みかんが美味しいのは、そのせいでしょうか???

阿加流比賣神と神功皇后

その赤玉から生まれた女神が阿加流比賣神です。そして、その系譜をたどると息長帶比賣命にぶち当たるのです。そうです。神功皇后です。

神功皇后は、特別な生まれ方をした神の子孫なのだということを言いたかったのです。

なのために?

新羅の王子の血統である神功皇后と、天神の血統である仲哀天皇が結婚して民族の融合が図られた、すなわち、倭王権による朝鮮半島統治の正当性を、改めて補強したかったのでしょう。

難波の比賣碁曾社(ひめごそのやしろ)

候補地は、いくつかあります。

  • 大阪市西淀川区の姫島神社・・・阿加流比賣神
  • 大阪市東成区東小橋の比売許曽神社・・・下照比売命
  • 大阪市中央区高津の比売古曽神社・・・下照比売命
  • 大阪市平野区の赤留比売命神社・・・赤留比売神

なぜか、ヒメゴソ神社と名の付く神社は、祭神を下照比売命としています。

伊豆志之八前大神

但馬の出石神社の主祭神です。八種神宝に宿る神霊を伊豆志之八前大神と呼んで祀っています。

奈良の石上神社で、十種神宝の神霊を布留御魂大神として祀っているのと同じですね。

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