第一代 神武天皇③|東征伝承とルート~御船出から菟狭まで~

2020年5月26日

神武一行が立ち寄った場所は、記紀に明記されている場所以外にもたくさんあり、地域の伝承や神社の社伝として残っています。

薩摩から宇佐までの伝承を簡単にまとめました。また、ページ下部のマップ上にもプロットしています。

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出航の地

日向を立ち東征を始めたとあります。当時の日向は現在の宮崎県と鹿児島県という広範囲でした。

この両県には、船出の場所の伝承地や寄港伝承がたくさんあります。

薩摩国出航

  • 霧島市福山の宮浦・・・出航伝承あり
  • 霧島市の若尊鼻・・・神武天皇の伝承あり。
  • 垂水市の牛根境・・・神武天皇立寄地伝承あり。
  • 垂水市の南松原町・・・神武天皇立寄地伝承あり???

錦江湾内を進み、鹿屋市のどこかで上陸。
大隅半島を陸路で横断して日向灘へ。

大隅国出航

  • 肝属町の柏原・波見・・・造船・出航伝承あり
  • 志布志町の夏井・・・出航伝承あり
  • 日南市の油津・・・吾平津比売命がここで船を降り、夫の武運長久を祈った
  • 宮崎市の皇宮屋・・・神武の宮跡
  • 新富町の富田浜・・・近くの湯之宮神社に神武天皇立寄地伝承あり。
  • 高鍋町の蚊口浦・・・鵜戸神社に神武東征立寄地伝承あり。
  • 川南町の甘漬神社・・・甘漬神社に神武東征立寄地伝承あり。
  • 都農町の都農神社・・・東征に向かう際に創祇したという伝承あり。
  • 日向市の美々津・・・造船・出航・その他、様々な伝承が残る。

日向国出航

このように、鹿児島から日向の美々津に到着しました。美々津には「お船出伝承」がたくさん残っています。

  • 神武天皇が立磐神社境内の岩に立って、船団を指揮した
  • 天皇の衣服のほころびを立ったまま縫った「立縫いの里」伝承
  • 出航が急だったので、もちと餡を一緒に撞いた「つき入れもち」伝承
  • 早朝の出航で「起きよ!起きよ!」と家々をまわったことから「おきよ祭り」

これらの伝承を繋いでいくと、、、

出航まとめ

神武天皇は、瓊瓊杵尊と彦火火出見尊の御陵に出向いて東征の報告と武運長久を祈り、天降川の河口から宮之浦を経て鹿屋に上陸。

そこから陸路で大隅半島を横断し、途中で父の御陵を参拝。そして日向灘にそそぐ肝属川河口「柏原」「波見」に到着。

そこで船を造り、薩摩・大隅に在住する人々を従者として出航。

日向沿岸の天孫族ゆかりの聖地を巡礼しつつ、日向国と筑紫国の国境である耳川の河口「美々津」に到着。

ここで、日向の人々と合流し、大船団を造り直して、いよいよ東征の旅に向けて故郷の日向の地を後にする。

というシナリオを想像しました。(あくまでも想像です!)

美々津から速吸之門

では、美々津から次の速吸之門までの寄港地伝承を辿ってみましょう。

  • 日向市の細島・・・鉾島とも。巨鯨を退治した時の御鉾を建てた伝承あり。
  • 延岡市の土々呂・・・ここで潮の変わり目を待った伝承あり。
  • 延岡市の五ヶ瀬川河口・・・五ヶ瀬川は神武の兄弟である五瀬命に因む

この五ヶ瀬川流域には五瀬命の伝承が多く残っています。

  • 佐伯市の畑野浦・・・台風の影響でリアス海岸の奥に逃げ込んだ伝承。
  • 佐伯市の米水津・・・砂浜に真水が湧き出ていたという「居立の湧水」で有名。
  • 佐伯市の大入島・・・神武が停泊した浦を日向泊と名付けられた伝承あり。神の井で有名
  • 津久見市の水晶山・・・皇登山とも。神武天皇が昇ってミカンを食べた伝承あり。
  • 大分市の佐賀関の南海岸・・・椎根津彦神社は珍彦の住居跡との伝承あり。

佐賀関は、細い半島の根元のくびれた部分。この南海岸側で珍彦を召き入れたのだろうと考えました。

いよいよ、これから椎根津彦(珍彦)の先導により速吸之門へと向かうのです。

速吸之門から莵狭

流れの速い海峡のことを速吸之門と呼んだようです。

日本書紀では、「豊予海峡」。古事記では、前後の記述から「明石海峡」を指すように読めます。

いずれも瀬戸内と外海との海面高低差で潮流が生まれる場所。だから流れが速い。よって速水です。

佐賀関の南海岸で、このあたりの海域に詳しい珍彦を皇軍に招き、流れが速く航海が困難な豊予海峡の通過に備えたのでしょう。

そして椎根津彦(珍彦)は、この後、北九州において大活躍します。ですから、明石海峡だと辻褄が合わなります。よって、私は豊予海峡説を支持します。

では、速吸之門から菟狭までの寄港地を辿ります。

  • 大分市の佐賀関北岸・・・航海を守護してくれた祓戸神を祀ったのが早吸日女神社
  • 大分市の津守・・・このあたりで碇を下ろして停泊したので碇山
  • 宇佐市の和気・・・柁鼻の地に上陸したとの伝承あり

碇山から柁鼻までは、国東半島を大きく回り込むルートで、距離にして90km近くあります。一回の航海ではムリですので、下記のMAP上には途中4か所ほどの寄港地を適当にプロットしました。

さあ、ここから内陸部に入ると菟狭です。

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