第一代 神武天皇④|東征伝承とルート~菟狭から岡田宮まで~

2020年5月26日

日向を出航した一行は、水と食料の補給のために沿岸部の河口や浦に寄港しながら、豊の国の菟狭までやってきました。

途中の速吸之門では、椎根津彦(珍彦)という有能な臣下も得ました。

さて、菟狭から後は、北九州の各地の豪族を味方につけるため、陸路となります。途中には、戦闘が行われた伝承もありますよ。

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菟狭の一柱騰宮

菟狭は、大分県の宇佐市でしょう。宇佐から中津にかけては古代から多くの人々が住む場所でした。

さて、一柱騰宮の伝承地は、宇佐神宮境内安心院の妻垣神社上拝田の池畔の三か所あります。どこかはわかりません。

ここで、地元の豪族菟狭津彦」の饗応を受けました。菟狭津彦に神武東征の意義を説いたのは椎根津彦(珍彦)だと言われています。

この宮にしばらく滞在して、菟狭津彦を介して豊の国の豪族たちを説得し味方にしていったのでしょう。

では、菟狭から次の岡水門までの伝承地を列記しましょう。

菟狭から田川

海路にて蓑島まで

菟狭での滞在で、中津・行橋は味方につけていたと思われます。

  • 中津市の国玉神社・・・求菩提山の山頂に登り天神地祇を祀った伝承あり
  • 行橋市の簑島神社・・・神武天皇が寄港時に天照大神を祀った伝承あり

川崎を拠点とし田川地方を抱合

田川郡の川崎を拠点に、天忍穂耳尊を祀る英彦山へ登ったようです。

  • 田川郡の油須原・・・神武天皇が通過した伝承あり
  • 田川郡の川崎町・・・猪の狩りをした伝承あり。仮宮伝承もあり。
  • 田川郡の英彦山・・・山頂から筑紫の地勢を見た伝承あり

田川から飯塚へ

鹿毛馬に移動して遠賀川東岸を包含

田川流域部から山を越えて西へと進出します。鹿毛馬邑あたりには多くの伝承がありますので、ここら辺でも滞在したのでしょう。

  • 飯塚市の鹿毛馬・・・神武天皇に馬を献上したなど、伝承多数あり
  • 飯塚市の烏尾峠・・・烏に導かれて悪天候の峠を越えた伝承あり
  • 嘉麻市の帝王山・・・射手引神社の創祇伝承あり
  • 嘉麻市の馬見山・・・宗像三女神を祀る伝承あり

遠賀川西岸への進出のため戦闘

遠賀川沿岸に、対抗勢力がいたようです。戦闘伝承があります。

  • 飯塚市の多田・・・日若神社に通過伝承あり
  • 飯塚市の佐與・・・気分が悪くなり休憩した伝承あり。天降八所神社
  • 飯塚市の立岩・・・対抗勢力と勝負坂で戦闘。
  • 飯塚市の片島・・・遠賀川の浅瀬を渡った伝承あり。納祖神社
  • 飯塚市の撃皷神社・・・神武天皇が白旗山に天照大神を祀った伝承
  • 飯塚市の伊岐須・・・高宮八幡宮に神武天皇仮宮伝承あり。

遠賀川西岸の伊規須に仮宮を造営し遠賀川流域を包含していったのでしょう。

飯塚から宇美へ

御笠川流域へ出るために打猿と戦闘

打猿を椎根津彦が討伐します。いい臣下です。

  • 飯塚市の高田・・・椎根津彦に打猿討伐を命じる伝承あり。高祖神社
  • 飯塚市の内田・・・椎根津彦が打猿を討伐した伝承あり。
  • 大野城市の牛頸・・・打猿の首を刎ねた場所。打首→牛頸。

蚊田宮の造営

母が祀られる竈門山は、絶対に行かないといけない場所だったと思います。

  • 太宰府市の宝満山・・・玉依姫命を祀る竈門山へ登山
  • 大野城市(大野邑)・・・荒木武彦の歓迎を受ける
  • 大野城市の王城山・・・ここに城を築いたと伝承あり
  • 糟屋郡の宇美町・・・蚊田宮にて滞在。のちの宇美八幡。

神功皇后が応神天皇を生んだ場所として有名な「宇美」ですが、神武天皇もここを拠点としたようです。

蚊田宮から岡田宮へ

海神族との協力関係構築

蚊田宮を拠点として、北九州の海人族と協定を結んだと思われます。

  • 福岡市の箱崎・・・筥崎宮を創祇
  • 福岡市の博多・・・住吉神社を参拝
  • 福岡市の志賀島・・・志賀海神社を参拝

岡田宮へ移動

いよいよ、出発です。伝承を見る限り陸路で向かったと思われます。

  • 古賀市の筵内・・・鷺白山に「御腰掛石」の伝承あり
  • 福津市の福間・・・神武神社は神武天皇が駐留した陣跡という
  • 宗像市の宗像大社・・・神武天皇が内殿の王子神社で天神を祀った伝承あり
  • 宗像氏の赤間・・・八所宮の神が赤馬に乗って神武天皇を迎えた伝承あり
  • 宗像市の吉留・・・八所宮の神が赤馬で神武天皇を先導した伝承あり
  • 中間市の中尾・・・惣社宮は、神武天皇が大己貴大神(饒速日尊)を祀ったのが始まりと伝わる。

岡田宮の候補地

岡湊神社

日本書紀の岡水門を岡田宮として岡湊神社に比定する説。しかし遠賀川の河口は洪水の危険あり、宮を造営するには不向きな場所と思います。

神武天皇社

岡湊神社の西にある神社。こちらも岡田宮と言われています。岡湊神社と神武天皇社の場所は、瀬戸内海への航海に向けて、遠賀川流域の物部一族たちが集合した場所なのではないでしょうか。

岡田神社

古事記の岡田宮が岡田神社に比定されています。古代、この地を治めていた熊族が祖神を祀ったのが始まりで、神武天皇が滞在した宮だと伝わります。

一宮神社

こちらも「一年間政務をみられた宮居の地」と伝えられています。境内には古代の磐境が現存します。いかにも古代祭祀場の風情で、こちらが岡田宮なんじゃないの?と思ってしまいます。

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