第一代 神武天皇⑥|東征伝承とルート~埃宮・高嶋宮・日下

2020年5月26日

神武天皇は出雲王朝と交渉を重ね、とうとう安芸国を譲り受けました。これで、九州全土に加え、山口県と広島県を包含したことになります。

しかし大和の中洲まではまだまだ遠い道のりです。

記紀によると、安芸国の埃宮を出立した皇軍の次の到着地は吉備国の高嶋宮です。

高嶋宮に至るまでの伝承地を列記しましょう。

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呉から尾道

瀬戸内海の島々に、神武天皇の寄港伝承が残っています。瀬戸内の海上交通拠点を固めながら進んだものと考えます。かたや内陸部にはほとんどありません。出雲との交渉で安芸国を譲り受けたためでしょう。

  • 呉市の下蒲刈島・・・三の瀬に寄港伝承あり。船の修繕のため河口の蒲を刈ったことから蒲刈。
  • 呉市の大崎下島・・・大長に寄港伝承あり
  • 広島県豊田郡の大崎上島・・・市杵嶋姫命が厳島に鎮座する前に立ち寄った伝承あり。おそらく神武天皇も。
  • 愛媛県今治市の大三島・・・大山祇神社の祭神「大山積神」は、瓊瓊杵尊に国を譲った「事勝国勝長狭命」とされることに加え、その子孫「小千命」が神武東征の際に四国に渡り、瀬戸内海の治安を司った伝承あり。
  • 尾道市の生口島・・・名荷に寄港し斎串を立てて奉斎したとの伝承あり。斎串(いぐし)→生口(いくち)
  • 尾道市の因島・・・波浪のため大浜に船を止め寒崎山で静まるよう祈願したので斎島(いみしま)。→因島(いんのしま)
  • 尾道市の高須町・・・大元山麓の八幡神社の地にしばらく滞在との伝承あり

大元山は御許山。御許山は宇佐神宮の奥宮で、宗像三女神が祀られていた御山です。ここにも市杵嶋姫命の蔭が見て取れます。

福山の柳津

大元山の麓に一時滞在したあと、松永湾の対岸の柳津へと移動しました。

  • 福山市の柳津町・・・貴船荒神社に上陸地伝承あり。
  • 福山市の柳津町・・・王子神社に滞在伝承あり。
  • 福山市の柳津町・・・御蔭山(竜王山)に高嶋宮址の伝承あり。
  • 福山市の金江町・・・古代祭祀の天津磐境があり、神武天皇が天神を斎き祀ったという。
  • 福山市の神村町・・・鏡山の「今伊勢神宮」に八咫鏡を奉祀した。ゆえに神村という。

柳津では、天津磐座を造営して大々的に祭祀を行ったところから、長期間の滞在だったんじゃないかと想像します。伝承が多いことからも、高嶋宮は福山が本命ではないかと思います。

福山も吉備国ですからね。

高嶋宮

柳津を出立してからの寄港地や滞在地は、すべて高嶋宮を主張しています。

  • 尾道市の浦崎町・・・戸崎に上陸伝承、王太子神社に高嶋宮伝承あり。
  • 福山市の田尻町・・・水呑町との境あたりに高嶋宮伝承あり。
  • 笠岡市の高島・・・瀬戸内海に浮かぶ高島の高島神社に神武天皇の滞在伝承あり。
  • 倉敷市の児島塩生・・・産土荒神社付近に高島宮の遺址伝承あり。

児嶋塩生を出て、当時は島だった児嶋の西から北を航海し、児嶋の東端へ進んだと思います。

  • 岡山市の宮浦・・・児島湾の小島「高島」に高嶋宮伝承ありだが小さすぎる。
  • 岡山市の賞田・・・高島神社に高嶋宮伝承あり。
  • 岡山市北区の掛畑・・・荒ぶる神討伐の途中、武甕槌命・経津主命の御名の旗を発見。懸旗神社
  • 岡山市東区の西大寺一宮・・・安仁神社は神武天皇の兄「五瀬命」の滞在地との伝承あり
  • 岡山市東区の東片岡・・・「綱掛石神社」に神武天皇が艫綱を掛けた石があるという。

私の中では賞田高嶋宮が、本命と思う福山高嶋宮の対抗馬です。

高嶋宮から草香邑へ

吉備の高嶋宮で兵器や軍艦、そして兵隊を整えて、一気に河内まで進軍するとされていますが、一気に行けるわけはなく、途中で何か所かの寄港伝承があります。

  • 兵庫県姫路市の家島・・・嵐を避けて入り江に入ったとき、まるで我が家に帰ったように穏やかだったため家島と名付けた伝承あり。
  • 兵庫県のたつの市・・・室津は先導役の臣下らがおおい茂った藤やかずらを断ち切って天皇の上陸地として開いた港らしい。
  • 兵庫県の加古川市・・・日岡神社は、父母を祀って東征の祈願をした場所との伝承あり。
  • 兵庫県の明石市・・・明石川を遡り田地を開拓したという伝承あり。堅田神社に伝わる。
  • 大阪市の中央区・・・生國魂神社は難波津に上陸した神武天皇が、生島神・足島神を祀ったのが創祇したと伝わる神社。饒速日尊の降臨の地でもある。現在の大阪城内。
  • 東大阪市の善根寺・・・このあたりが白肩之津といわれている

古代の大阪平野の半分は「河内湖」という大きな湖の底で、今の上町台地は海と湖を遮る半島のようなものでした。その半島の先端部に上陸し祭りを行いました。

ここから河内湖を横断すると、生駒の山裾まで行くことができたでしょう。

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