日本書紀|第十六代 仁徳天皇⑬|隼別皇子と雌鳥皇女

スポンサーリンク

隼別皇子と雌鳥皇女

仁徳40年 壬子(みずのえのね) 352

二月 天皇は、雌鳥皇女めとりのひめみこを宮中に入れて妃にされよう思い、隼別皇子はやぶさわけのみこを仲立ちとしました。

ところが、隼別皇子が密かに娶ってしまって、久しく復命をしませんでした。

天皇は夫があることを知らずに、雌鳥皇女の寝屋に行かれた時に、皇女のための織縑女人きぬおりめ等が歌うことには、

ひさかたの あめかなばた めとりが おるかなばた はやぶさわけの みおすひがね

ひさかたの 天金機 雌鳥が 織る金機 隼別の 御襲料

天金機で雌鳥が織る金機は、隼別王のお召物ですよ

これにより、天皇は、隼別皇子が密通していたことを知られ、これを恨みました。

しかし、皇后の言葉を重んじて、また、兄弟の情を重んじて、我慢して罪を与えられませんでした。

急に、隼別皇子は雌鳥皇女の膝枕で寝ながら、

鷦鷯さざきはやぶさとではどちらが速い?」

と言いました。

「隼が速いですよ。」

と答えた。更に、隼別皇子が

「だから、私の方が早かったんだよ。(手を付けるのが)」

と言いました。天皇はこの言葉を聞かれて、ますます恨みました。

 

隼別皇子、謀反の企てか?

そんな時に、隼別皇子の舍人らが、

はやぶさは あめにのぼり とびかけり いつきがうへの さざきとらさね

隼は 天に上り 飛び翔り 齋が上の 鷦鷯獲らさね

隼は天に上って飛びまわり、宮殿のあたりにいるサザキをお獲りくださいませ

と詠ったので、これを聞かれた天皇は、顔色を変えて大変お怒りになり、

「朕、私怨のために親族を失いたくは無い。だから我慢してきた。いったい私が何の過ちをしたというのだ!私事が国家に影響を及ぼすとは!」

とおっしゃられて、隼別皇子を殺す決意を固めました。

 原 文

卌年春二月、納雌鳥皇女欲爲妃、以隼別皇子爲媒、時隼別皇子密親娶而久之不復命。於是、天皇不知有夫而親臨雌鳥皇女之殿、時爲皇女織縑女人等歌之曰、

比佐箇多能 阿梅箇儺麼多 謎廼利餓 於瑠箇儺麼多 波揶步佐和氣能 瀰於須譬鵝泥

爰天皇知隼別皇子密婚而恨之、然重皇后之言、亦敦友于之義而忍之勿罪。俄而、隼別皇子、枕皇女之膝以臥、乃語之曰「孰捷鷦鷯與隼焉。」曰「隼捷也。」乃皇子曰「是我所先也。」天皇聞是言、更亦起恨。時隼別皇子之舍人等歌曰、

破夜步佐波 阿梅珥能朋利 等弭箇慨梨 伊菟岐餓宇倍能 娑弉岐等羅佐泥

爰天皇知隼別皇子密婚而恨之、然重皇后之言、亦敦友于之義而忍之勿罪。俄而、隼別皇子、枕皇女之膝以臥、乃語之曰「孰捷鷦鷯與隼焉。」曰「隼捷也。」乃皇子曰「是我所先也。」天皇聞是言、更亦起恨。時隼別皇子之舍人等歌曰、

破夜步佐波 阿梅珥能朋利 等弭箇慨梨 伊菟岐餓宇倍能 娑弉岐等羅佐泥

天皇聞是歌而勃然大怒之曰「朕以私恨、不欲失親、忍之也。何舋矣私事將及于社稷。」則欲殺隼別皇子。

 ひとことメモ

雌鳥皇女

応神天皇と和珥氏出身の宮主宅媛みやぬしやかひめ(みやぬしやかひめ)との間に生まれた皇女です。ですので、菟道稚郎子皇子うじのわきのいらつこのみこ八田皇女やたのひめみこの妹です。

因縁浅からぬ宇治勢力の皇女を妃にする意味は、宇治勢力を完全に制圧したことを内外にアピールするためでしょう。

一方、雌鳥皇女はどうだったんでしょう。兄を自殺に追い込んだ(暗殺かも)仁徳天皇の妃になることを善しとしたのでしょうか。

おそらく答えは「否」だったんだろうと思います。そのあたりは描かれていませんが。

 

隼別皇子

応神天皇が桜井の田部連の姫「糸媛」を妃にして生まれた皇子です。ですから仁徳天皇の異母弟となります。

大鷦鷯に対して、雌鳥皇女に隼別皇子。鳥シリーズの名前となってます。おそらく雌鳥皇女と隼別皇子は本名じゃないのでしょう。

仁徳天皇の地位を脅かす程度の、すなわち皇位継承権を持ってしかるべき皇子が他にいたのでしょうね。それを冷酷な仁徳天皇が謀略で陥れてバッサリと斬って捨てた。。。

実は、仁徳天皇は応神天皇の皇子ではなく、応神天皇の弟だったんじゃないかという大胆な説があります。

それは応神天皇が妃にしようとして呼び出した髪長媛を仁徳天皇に譲った逸話から、それぞれの年齢を推察した時、皇子ではなく弟ではなかろうかという発想に辿り着いたとのこと。

そうなると、仁徳天皇が幼少の菟道稚郎子皇子うじのわきのいらつこのみこ(宇治天皇)の摂政として君臨し権力を集約、そして宇治天皇をはじめとする応神天皇の皇子たちを次々と殺していった、、、というようなことになるのです。

スポンサーリンク