日本書紀|第十七代 履中天皇①|犯された婚約者

去来穂別天皇 -いざほわけのすめらみこと-

第十七代 履中天皇 -りちゅうてんのう-

 

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立太子

去来穂別天皇いざほわけのすめらみこと(履中天皇)は、大鷦鷯天皇おおさざきのすめらみこと(=仁徳天皇)の太子です。母は磐之媛命いわのひめのみこととおっしゃり、葛城襲津彦かずらきのそつひこの娘です。

仁徳天皇31年

春正月に皇太子にお立ちになられました。御年、十五歳でした

 原 文

去來穗別天皇、大鷦鷯天皇太子也。去來、此云伊弉。母曰磐之媛命、葛城襲津彥女也。

大鷦鷯天皇卅一年春正月、立爲皇太子。時年十五。

 ひとことメモ

これで、葛城襲津彦は皇室の外祖父となりました。天孫降臨した瓊瓊杵尊に対する高皇産霊神と同じ位置づけです。

高皇産霊神は葛城王朝の祖神だったと思われますから、葛城一族の復権を目指した神功皇后・武内宿禰の夢が実現した瞬間といったところでしょうか。

 

仲皇子、太子の婚約者”黒媛”を犯す

仁徳87年

正月に仁徳天皇が崩御されました。

太子は喪が明けて、まだ皇位につかれない間に、羽田矢代宿禰はたのやしろのすくねの娘の黒媛くろひめを妃にしようと思われました。結納も済まされ、住吉仲皇子すみのえのなかつみこを遣わして婚儀の日を告げさせました。しかし、仲皇子は太子になりすまして、黒媛くろひめを犯しました。

この夜、仲皇子は手に巻いていた鈴を黒媛の家に置き忘れて帰っていました。

翌日の夜、太子は仲皇子が犯したことを知らずに、寝室に入り、帳を開けて寝台に居られましたが、その枕元で鈴の音がしたので、太子は怪しんで黒媛に

「何の鈴だ?」

とお尋ねになると、

「昨夜、太子が持っておられた鈴じゃないですか。どうして私めに尋ねるのですか?」

とお答えしました。

太子は、仲皇子なかつみこが自分の名をかたって黒媛を犯したことを知り、黙ってその場を去りました。

 原 文

八十七年春正月、大鷦鷯天皇崩。太子、自諒闇出之、未卽尊位之間、以羽田矢代宿禰之女黑媛欲爲妃。納采既訖、遣住吉仲皇子而告吉日、時仲皇子冒太子名、以姧黑媛、是夜仲皇子忘手鈴於黑媛之家而歸焉。

明日之夜、太子、不知仲皇子自姦而到之、乃入室開帳居於玉床、時床頭有鈴音、太子異之問黑媛曰「何鈴也。」對曰「昨夜之非太子所齎鈴乎、何更問妾。」太子、自知仲皇子冒名以姦黑媛、則默之避也。

 ひとことメモ

羽田矢代宿禰

羽田矢代宿禰はたのやしろのすくねは、武内宿禰の長男です。ですから、葛城襲津彦の長兄となります。

いずれにしても、チャキチャキの葛城一族です。

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