官軍、新羅へ進攻する
この時、紀小弓宿禰は、心配事を天皇に伝えてもらうよう大伴室屋大連に、
「私は微力ではありますが、謹んで勅を承ります。ただ、私は妻を亡くしたばかりなので、身の回りの世話をしてくれる者がいません。公、このことを、天皇に申し上げて欲しいのです」
とお願いしました。
それを聞いた天皇は、悲しみ嘆いて、吉備上道采女大海を紀小弓宿禰に与えて、身の回りの世話をさせました。
そうして遂に、送りだされました。
紀小弓宿禰らは、新羅に入り、行く先々の郡を切り従え、次々と撃破していきました。新羅王は、夜に四面から皇軍の打つ太鼓の音を聞いて、喙地が占領されたことを知って、数百騎と共に逃走し、新羅の大敗となりました。
原 文
於是 紀小弓宿禰 使大伴室屋大連憂陳於天皇曰「臣 雖拙弱 敬奉勅矣 但今 臣婦命過之際 莫能視養臣者 公 冀將此事具陳天皇 」於是 大伴室屋大連具爲陳之 天皇聞悲頽歎 以吉備上道采女大海 賜於紀小弓宿禰 爲隨身視養 遂推轂以遣焉 紀小弓宿禰等 卽入新羅 行屠傍郡 行屠 並行並擊 新羅王 夜聞官軍四面鼓聲 知盡得喙地 與數百騎亂走 是以 大敗 |
ひとことメモ
まずは、初戦は勝ったということでしょう。
喙地
喙地は、神功皇后が新羅征伐された時に帰順させた7国のひとつ「喙国」でしょうか。であれば、新羅と任那の境目で、今の慶尚北道慶山あたりとなります。
でなければ、新羅の王宮「月城」があった慶州盆地のことを指すのかもしれないです。
慶州盆地には、喙部、沙喙部、牟梁部、本彼部、習比部、漢岐部と称する6地域がありました。それぞれ自律的な政治集団を形成しながらも、対外的には王京人として結束するというような連合体で、その中でも喙部、沙喙部は突出して大きな力を持っていたということです。
「新羅に入り、行く先々の郡を撃破して進み、新羅王は喙地が占領されたと思った」という記述に当てはまるのは、後者でしょうか。
喙地=都と解釈してもよさそうです。
将軍の死
紀小弓宿禰は、敵将を陣中まで追って斬り、喙地を悉く平定しましたが、残兵は降服しませんでした。紀小弓宿禰は、兵を収め、大伴談連と合流し、また残兵と戦いました。
この夕方、大伴談連 と 紀岡前来目連 は、力の限り闘って死にました。
談連の従者の津麻呂が、後になって陣中にやってきて、その主人を探したが見つからなかったので
「我が主人の大伴公は、どちらにおいででしょうか」
と言うと、ある人が、
「お前の主人は、案の定、敵の手にかかって殺されたぞ」
と教えて、屍の所を指さしました。
津麻呂は、これを聞いて地団駄を踏んで
「主人がすでに死なれたとなれば、何で独り生きられようか!」
と言って、また敵中に斬り込んで共に死にました。
しばらくすると、残兵は自然と退却し、皇軍もまた同じく退却しました。
大将軍の紀小弓宿禰は、病によって身罷りました。
原 文
小弓宿禰 追斬敵將陣中 喙地悉定 遣衆不下 紀小弓宿禰 亦收兵 與大伴談連等會 兵復大振 與遣衆戰 是夕 大伴談連及紀岡前來目連 皆力鬪而死 談連從人同姓津麻呂 後入軍中 尋覓其主 從軍不見出問曰「吾主大伴公 何處在也 」人告之曰「汝主等 果爲敵手所殺」指示屍處 津麻呂聞之 踏叱曰「主既已陷 何用獨全 」因復赴敵 同時殞命 有頃 遣衆自退 官軍亦隨而却 大將軍紀小弓宿禰 値病而薨 |
ひとことメモ
初戦は勝利したものの、残兵がなおも抵抗し、結局は、大伴談連と、紀岡前来目連が戦死しました。最強軍団である大伴・久米の連合軍が負けたということですね。
戦場の描写
この場面の描写は、かなりサラッと書かれているように見えますが、よく見ると様々な情報が込められています。
たとえば、
大伴談の従者が、主人を探していたときの会話で、「汝主等 果爲敵手所殺」というのがあります。「果たして敵の手の爲に殺されき」と読むのでしょう。
果たして=結末が予期していた通りであるさま
ですから、どのあたりから負けを予期していたのかはわかりませんが、少なくともこの時点では、皇軍の兵は負けを予期していたのでしょう。これでは士気は上がりません。
他にも、従者が主人が殺されたことを知らなかったのは、戦場の混乱ぶりが、
さらに、殺されたことを告げた「ある人」が、自分よりもかなり上位であろう中将軍の遺体の方を指さして、死んだことを告げたというのも、指示命令系統の崩壊を表現していると感じました。
戦いの結果
戦いのあと、大将軍の紀小弓宿禰も病死してしまいます。病死とありますが、おそらくは矢傷を負っての病死でしょう。
このように、大将軍と中将軍が命を落とす激戦でした。一時は占領した喙地も、おそらくは奪還されたと思われます。
これは、どう見ても敗戦ですね。
神託の通りでした。天皇がいかなくてよかったです。もし今回の征伐が、天皇による親征だったとしたら、今の日本はなかったかも、、、
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