日本書紀|第二十一代 雄略天皇㉛|天皇崩御と遺詔

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雄略天皇の遺詔のちのみことのり

七月一日 天皇は病になられ、詔して、賞罰や支度など、事の大小なく全てを皇太子に任されました。

八月七日 雄略天皇の病はいよいよ重く、百寮との別れの言葉を述べられ、手を握って嘆かれ、大殿にて崩御されました。

大伴室屋大連おほとものむろやのおおむらじ東漢掬値やまとのあやのつかのあたいとに対する遺詔のちのみことのりされて、

「今、天下は一つの家族のようにまとまり、竈の煙は万里にまで立ち登っている。百姓おおみたからはよく治まり、周囲のえびすも服従している。これは、天意が日本全土を安寧にしようと思われたからである。

心を責め、己を励まして、一日一日を謹んできたのも、百姓おおみたからのためである。臣・連・伴造は毎日に参内し、国司・郡司は随時参内した。どうして、心を尽くしてねんごろに誡勅しないでいられようか。ことわりにおいては君臣だが、こころにおいては父子ともいえる。どうか、臣連おみむらじの知力によって、内外の心を喜ばして、天下を永く安楽に保って欲しい。

思ってもいなかったが、病状が悪化し、大漸とこつくに(死者の国)に行くことになった。これは、人の世の常であり、言うまでもないことである。

ただ、朝野衣冠みやこひなのみそつものかぶりもの(服装の決まり)を、はっきりと決めていないし、教化政刑おもぶくることまつりごとのりもまだ良くなっていない。このような気持ちを言葉にしていくと、ただただ残念さが残る。

今年で若干を越えたから、早死にということはない。筋力も精神も一時に比べると衰え、もう力尽きている。こうなったのは自分のためではない。ただ民を安らかに養いたいと思ったから、こうなったのだ。

人は子孫を残す。誰かに、この念を引き継ぎたい。

天下のためには、心を尽くして仕事をせねばならない。今、星川王ほしかわのみこは、心に道理に外れた悪意を持ち、兄弟の義に欠けている。

昔の人は『臣を知ることは君に及ぶものなく、子を知ることは親に及ぶものなし』と言った。もし仮に、星川が臣下の志を得て国を治めたならば、必ずやすべての臣連おみむらじに恥辱と殺戮が及ぶだろう。そして多くの民に毒が流れて酷い目にあうだろう。

悪い子孫は民に嫌われ、良い子孫は大業の負荷に堪えることができる。これ、朕の家のこととは言えども、道理として隠しておくことはできぬ。

大連おおむらじたちの民部かきべ(私有の民)は広大にして、国中に満ちている。皇太子は儲君もうけのきみ(次の天皇)の地位にあり、仁孝が現れていると聞く。その行いを見ると朕の志を成すに堪えうるであろう。皇太子と臣下が共に国を治めれば、朕は瞑目ぬといえども後悔などない」

ある書には、「『星川王が腹黒く、粗暴なことは、天下の知るところとなっていました。不幸にして、朕が崩じたならば、皇太子は殺害されるだろう。汝等の民部はとても多いので、気を付けて助け合い、慢心して侮るなかれ』と言われた」と書かれています

 原 文

秋七月辛丑朔 天皇寢疾不預 詔 賞罰支度 事無巨細並付皇太子

八月庚午朔丙子 天皇疾彌甚 與百寮辭訣並握手歔欷 崩于大殿 遺詔於大伴室屋大連與東漢掬直曰「方今 區宇一家 煙火萬里 百姓乂安 四夷賓服 此又天意 欲寧區夏 所以 小心勵己・日愼一日 蓋爲百姓故也 臣・連・伴造毎日朝參 國司・郡司隨時朝集 何不罄竭心府・誡勅慇懃 義乃君臣 情兼父子 庶藉臣連智力 內外歡心 欲令普天之下永保安樂 不謂 遘疾彌留至於大漸 此乃人生常分 何足言及 但朝野衣冠 未得鮮麗 教化政刑 猶未盡善 興言念此 唯以留恨 今年踰若干 不復稱夭 筋力精神 一時勞竭 如此之事 本非爲身 止欲安養百姓 所以致此 人生子孫 誰不屬念 既爲天下 事須割情 今星川王 心懷悖惡 行闕友于 古人有言『知臣莫若君 知子莫若父 』縱使星川得志 共治國家 必當戮辱 遍於臣連 酷毒流於民庶 夫惡子孫 已爲百姓所憚 好子孫 足堪負荷大業 此雖朕家事 理不容隱 大連等 民部廣大 充盈於國 皇太子 地居儲君上嗣 仁孝著聞 以其行業 堪成朕志 以此 共治天下 朕雖瞑目 何所復恨 」一本云「星川王 腹惡心麁 天下著聞 不幸朕崩之後 當害皇太子 汝等民部甚多 努力相助 勿令侮慢也」

 ひとことメモ

長い長い遺言ですが、ようやくすると、

今、天下は安泰である。私は力の限り天下万民のために働いてきた。そして臣下諸君もよくやってくれた。引き続きよろしく頼む。

言い出せば切りがないが、やり残したことがある。これを後継に引き継がせたい。しかし星川王だけはダメだ。ほんとうに、あいつはダメだ。

有能な臣や連が皇太子を助けて、私がやり残したことを成し遂げてもらいたい、、、

ここには、雄略天皇の独裁者の側面は一切ない。あるのは「和」。「和を以って貴しと為す」ですね。

豊臣秀吉の遺言も、「五奉行五大老が協力して、秀頼を助けてくれ。豊臣の家を頼む」でした。

なんとなく、似てませんか?

星川王

今、星川王ほしかわのみこは、心に道理に外れた悪意を持ち、兄弟の義に欠けている。

雄略さん、これって自分のことじゃないの?と言いたくなります。編纂者には、そういう意図もあったかもしれませんね。

ちなみに、星川王は、雄略天皇が、臣下の妻を横取りして妃として生まれた皇子です。

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