日本書紀|第二十一代 雄略天皇⑧|葛城山の一言主神と狩りを楽しむ

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葛城山の一言主神

雄略4年 庚子かのえのね 460

二月 葛城山かつらぎのやまで射狩りをされました。突然、背の高い人が現れ、谷を隔てて向かい合いました。その顔や姿は、天皇によく似ていました。

天皇は、神に違いないと思われましたが、あえて、

「どちらのきみでしょうか」

と尋ねると、背の高い人は

「私は現人之神あらひとかみである。先に王の諱を名乗りなさい。その後で、私が名のろう」

と仰せられました。天皇は、

「私は幼武尊わかたけのみことです」

と申されると、背の高い人は

「私は、一事主神ひとことぬしのかみである」

と仰せられました。

それから、一緒に狩りを楽しまれました。一頭の鹿を追い詰めては、お互いに矢を射るのを譲りあい、轡を並べて駆け巡りました。

言葉は、恭しく慎み深く、仙人のようでした。

日が暮れ、狩りが終わると、神は天皇を来目河くめがわまで送られました。このとき、人民は皆、

「徳のある天皇だ」

と申し上げました。

 原 文

四年春二月 天皇射獵於葛城山 忽見長人 來望丹谷 面貌容儀相似天皇 天皇 知是神 猶故問曰「何處公也 」長人對曰「現人之神 先稱王諱 然後應噵 」天皇答曰「朕是幼武尊也 」長人次稱曰「僕是一事主神也 」遂與盤于遊田 驅逐一鹿 相辭發箭 竝轡馳騁 言詞恭恪 有若逢仙 於是 日晩田罷 神侍送天皇 至來目水 是時 百姓咸言「有德天皇也 」

 ひとことメモ

一言主神

葛城氏が祀る神。(あるいは賀茂氏が祀る神という説も)

古事記にも葛城の山中で雄略天皇と一言主神が遭遇する説話があります。そちらでは、天皇一行と天皇一行とよく似た軍団とが矢を射合い、最終的には相手が神だとわかった天皇側が武器や衣服をすべて一言主神に献上します。

両者の関係は、一言主神が上位です。

今回は、仲良く譲り合いながら狩りをしました。すなわち両者の関係は対等です。

続日本記では、高鴨神が天皇と獲物を争ったため、天皇の怒りに触れて土佐国に流されたあります。この高鴨神は一言主神の間違いだろうといわれています。つまり、雄略天皇が一言主神より上位になってます。

この一言主の地位の低下は、葛城氏(あるいは賀茂氏)の朝廷内の権力低下を象徴的に表しているのだと言われています。

葛城一言主神社

奈良県御所市森脇に葛城一言主神社があります。祭神は葛城之一言主大神かつらぎのひとことぬしのおおかみ幼武尊わかたけるのみこと(雄略天皇)です。

葛城山の東麓、2代綏靖天皇の葛城高丘宮や16代仁徳天皇の皇后である磐之媛の出身地 ”葛城高宮” のすぐ南の鎮座しています。

社格は名神大社。極めて霊験あらたかな神社ですよ。

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