第十段 本文①|海幸・山幸 海神の宮へ行く

2020年6月22日

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海幸彦と山幸彦

(皇孫瓊瓊杵尊と木花之開耶姫が産んだ兄弟のうち、)

兄の火闌降命(ほのすそりのみこと)には、もともと海の幸を得る霊力が備わっていて、弟の彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)には、もともと山の幸を得る霊力が備わっていました。

はじめに兄弟二人は相談をして

「ためしに、お互いの幸を交換してみよう」

とおっしゃられました。しかひ、どちらも獲物を得ることができませんでした。

兄は後悔して弟の弓矢を返し、自分の釣針を求めました。しかし、このときすでに弟は兄の釣針を失ってしまい、全くもって宛がありませんでした。

そこで、新しい釣針を作って兄に差し上げたのですが、兄はそれを受け取らずに、元の釣り針を返すよう責めました。

弟は悩んで自分の太刀を鋳つぶして新しい釣針に鍛え直し、箕いっぱいに盛って兄に渡したが、兄は怒って、

「私の元々の釣針でなければ、いくら数が多くたって受け取らない!」

と激しく責め立てました。

その為、彦火火出見尊は、大変悩み苦しまれて海辺でうめき声を上げました。その時、鹽土老翁(しほつちのをぢ)と出会いました。

老翁(をぢ)が、

「どうしてこんなところで悩んでおられるのじゃ?」

と尋ねたので、このことをすべて説明しました。すると老翁は、

「そうですか。もう心配することなどありませぬぞよ。私があなたのためにうまく取り計らいましょうぞ。」

と言って、隙間の無い籠を作って、彦火火出見尊をその籠の中に入れて、海に沈めました。

しばらくすると、美しい小浜に着きました。

そこに籠を捨てて進むと、すぐに海神の宮殿に着きました。その宮殿は、立派な垣根が整然と巡らされ、高楼は光り輝いていました。

門前に一つの井戸があり、その井戸のほとりには一本の神聖な桂の木があり、枝葉は四方に広がっていました。

彦火火出見尊がその桂の近くで行きつ戻りつしていると、しばらくして一人の美人が宮の小門の扉を開けて出て来てきました。

その美女が美しいお椀で水を汲もうとした時、水影を見て振り向きました。そこに尊を見つけましたから驚いて戻り、父母に

「一人の珍しい人が門の前の樹の下にいます。」

と申し上げました。

海神(わたつみ)は、畳を八重に重ね敷きにして、彦火火出見尊を招き入れました。そこに座ったところで、ここに来た理由を尋ねました。

彦火火出見尊はいままでのことを話ました。

海神は、すぐに大小のすべての魚を集めて詰問しました。魚たちは、

「存じ上げません。ただ、赤女(あかめ)[赤女は鯛の名です]が近頃、口に怪我をして来ていません。」

と答えました。すぐに赤女を呼んで口の中を探すと、なんとなんと失った釣針が見つかりました。

 原文

兄火闌降命、自有海幸幸、此云左知、弟彥火火出見尊、自有山幸。始兄弟二人相謂曰「試欲易幸。」遂相易之、各不得其利、兄悔之、乃還弟弓箭而乞己釣鉤、弟時既失兄鉤、無由訪覓、故別作新鉤與兄。兄不肯受而責其故鉤、弟患之、卽以其横刀、鍛作新鉤、盛一箕而與之。兄忿之曰「非我故鉤、雖多不取。」益復急責。故彥火火出見尊、憂苦甚深、行吟海畔。時逢鹽土老翁、老翁問曰「何故在此愁乎。」對以事之本末、老翁曰「勿復憂。吾當爲汝計之。」乃作無目籠、內彥火火出見尊於籠中、沈之于海。卽自然有可怜小汀。可怜、此云于麻師。汀、此云波麻。於是、棄籠遊行、忽至海神之宮。其宮也、雉堞整頓、臺宇玲瓏。門前有一井、井上有一湯津杜樹、枝葉扶疏。時彥火火出見尊、就其樹下、徒倚彷徨。良久有一美人、排闥而出、遂以玉鋺、來當汲水、因舉目視之、乃驚而還入、白其父母曰「有一希客者、在門前樹下。」海神、於是、鋪設八重席薦、以延內之。坐定、因問其來意、時彥火火出見尊、對以情之委曲。海神乃集大小之魚逼問之、僉曰「不識。唯赤女赤女、鯛魚名也比有口疾而不來。」固召之探其口者、果得失鉤。

 かんたん解説

鹽土老翁(しほつちのをぢ)

しおつち=潮の神霊と解釈して、潮流を司る神、航海の神とされています。

古事記では、塩椎神(しおつちのかみ)。この本文と同じく、山幸彦と豊玉姫の出会いのきっかけを作りました。

他にも、日本書紀の「神武東征」では、塩土老翁が「東に良い土地があるよ~」と言ったのが東征のきっかけとなっています。

また、塩土老翁神を祀る塩竃神社の社伝では、経津主命と武甕槌命による葦原中国平定の「先導役」として海路を渡って塩竃に来たと伝わっています。

神話のストーリーの転換時に登場する、まさに「導き」の役割をしています。

第九段一書(6)では、天孫が高千穂峰に降臨した際に出会い国を譲った「事勝国勝長狭神」の別名が塩土老翁(しほつちのをぢ)で、伊弉諾尊の子と紹介されています。

桂の木

北海道から九州まで日本全国に分布する落葉樹。

成長した姿は左右対称でカッコがよく、その葉はハート型で可愛いものです。だからでしょうか、縁結びの木として信仰を集めるご神木も多いですね。

秋になると甘い醤油のような香りがするため、「香りが出ずる木」が訛って「カズラ」と言われるようになったとか。

ホホデミとトヨタマヒメが出会う場面にピッタリだと思います。

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