第十段 本文②|海幸・山幸 鸕鷀草葺不合尊の誕生

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陸への帰還

その後、彦火火出見尊は海神の娘の豊玉姫(とよたまびめ)を娶り、海宮(わたつみのみや)に留まって三年が過ぎました。

安らかで楽しい日々でしたが、やはり故郷を恋しく思う心が募り、時々、大きな溜息(ためいき)をつかれました。

豊玉姫は父に、

「天孫は、悲しそうにしばしば溜息をつかれます。思うに、郷土を思って帰れないことを嘆いておられるのではないでしょうか。」

といいました。海神は彦火火出見尊を自分の部屋に招き、

「天孫がもし郷土に帰りたいとお思いなら、私が送って差し上げましょう。」

といいました。

そして、鯛から探し出した釣針をお返しして、

「この釣針をお兄さんに渡す時、わらないように、この釣針に「貧鉤(まぢち)」と言ってから、渡しなさい。」

と教えました。

また、潮満瓊(しほみつたま)と潮涸瓊(しほふるたま)をお渡しして、

「潮満瓊を海に浸ければ潮がたちまち満ちてきます。これでお兄さんを溺れさせなさい。

お兄さんが後悔して助けを求めたら、潮涸瓊を水に浸けると潮が自然と引いていきます。これで助けてあげなさい。

このようして懲らしめて悩ませれば、お兄さんは、あなたに従うようになるでしょう。」

と教えました。

いよいよ帰ろうとする時に、豊玉姫は天孫に

「私は身籠っていて、もうすぐ産まれると思います。波風の激しい日に浜辺に出向きますので、どうか私のために産屋を作って待っていてください。」

と申し上げました。

彦火火出見尊は地上の宮に帰り、ひたすら海神の教えどおりに行いました。

すると、兄の火闌降命(ほのすそりのみこと)は苦しめられ、

「今より後は、あなたために奉仕する芸人になります。どうか、助けてください」

と言いました。そこで、願いの通りに許しました。

兄の火闌降命は、吾田君小橋等(あたのきみ をはしら)の本祖(とほつおや)です。

原文

已而彥火火出見尊、因娶海神女豐玉姬。仍留住海宮、已經三年。彼處雖復安樂、猶有憶鄕之情。故時復太息、豐玉姬聞之、謂其父曰「天孫悽然數歎、蓋懷土之憂乎。」海神乃延彥火火出見尊、從容語曰「天孫若欲還鄕者、吾當奉送。」便授所得釣鉤、因誨之曰「以此鉤與汝兄時、則陰呼此鉤曰貧鉤、然後與之。」復授潮滿瓊及潮涸瓊而誨之曰「漬潮滿瓊者則潮忽滿、以此沒溺汝兄。若兄悔而祈者、還漬潮涸瓊則潮自涸、以此救之。如此逼惱、則汝兄自伏。」及將歸去、豐玉姬謂天孫曰「妾已娠矣、當産不久。妾必以風濤急峻之日、出到海濱。請爲我作産室相待矣。」

彥火火出見尊已還宮、一遵海神之教。時兄火闌降命、既被厄困、乃自伏罪曰「從今以後、吾將爲汝俳優之民。請施恩活。」於是、隨其所乞遂赦之。其火闌降命、卽吾田君小橋等之本祖也。

簡単な解説

貧鉤(まぢち)

貧しい釣針という意味です。呪詛です。「貧しくな~れ!」ということです。

古事記では、

此鉤者、淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤
コノチハ オボチ ススチ マヂチ ウルチ
この釣針は、憂鬱の針、落ち着かない針、貧しい針、うろたえる針

と呪文を唱えなさいと教えています。

潮満瓊(しほみつたま)と潮涸瓊(しほふるたま)

古事記では鹽盈珠と鹽乾珠と書きます。潮の干満を自在に操ることが出来る神宝です。

摂津一宮である住吉大社の第一摂社に大海神社という神社があります。住吉大社よりも古い創建とのこと。津守氏の氏神だったらしいのですが、こちらの境内にある「玉の井」という井戸に「潮満珠」が埋められたと伝わっています。

また、住吉大社の御旅所「宿院頓宮」に隣接する「飯匙堀(いいがいぼり)には「潮乾珠」が埋められていると伝わっています。

芸人

兄の火闌降命は、「あなたの芸人になる」といって弟に許しを請いました。

火闌降命は隼人の祖と言われています。隼人はヤマト朝廷に征服された後、畿内に連れてこられ、その強さから宮中の守衛の任に就いたとされます。

京都の南部、今の京田辺あたりに多く居住しました。京田辺市にある「大住」という地名は「大隅隼人」が由来です。その大住にある月読神社では「隼人舞」が伝わっています。

隼人舞は、火闌降命が潮満珠によって溺れた時の仕草を舞踏にしたものらしく、古代の大嘗祭ではこれが演じられたそうです。

この隼人舞の発祥を「芸人として仕える」という記述で表しているのでしょう。

鸕鷀草葺不合尊の出産

その後、豊玉姫は、前の約束どおりに妹の玉依姫(たまよりびめ)を連れて、風波を乗り越えて海辺にやって来ました。

いよいよ出産の時を迎え、

「私が子を生む時、どうか見ないでください。」

とお願いしました。しかし、天孫は我慢できずに、こっそり産屋の中の様子を覗いてしまうました。するとどうでしょう。豊玉姫は出産の最中に、龍の姿に化身しているではありませんか。

見られたことを恥じて、

「もし、私を辱しめることがなかったら、海と陸とは通い合って、永久に閉ざされることはなかったでしょう。しかし、この願いは消え失せてしまいました。どうして仲睦まじく心を通わせることができましょうや!」

と言って、萱でその子を包んで海辺に捨て、海への道を閉じて帰ってしまいました。

この故に、その子の名を、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこ なぎさ たけ う かや ふき あへず の みこと)とおっしゃいます。

その後久しくして、彦火火出見尊が崩御されました。日向の高屋山上陵(たかやのやまのうへのみささぎ)に埋葬申し上げました。

原文

後豐玉姬、果如前期、將其女弟玉依姬、直冒風波、來到海邊。逮臨産時、請曰「妾産時、幸勿以看之。」天孫猶不能忍、竊往覘之、豐玉姬方産化爲龍。而甚慙之曰「如有不辱我者、則使海陸相通・永無隔絶。今既辱之、將何以結親昵之情乎。」乃以草裹兒、棄之海邊、閉海途而俓去矣。故因以名兒、曰彥波瀲武鸕鷀草葺不合尊。後久之、彥火火出見尊崩、葬日向高屋山上陵。

簡単な解説

龍の姿に化身

出産の時は、本来の姿に戻るという考え方があったようです。龍は海人族のトーテムはです。

このような異形の人には魔力や呪力があると信じられていました。特別な人なのです。

特別な人を娶って生まれた子は、特別な子になるのです。つまり、皇統は特別なのです。

高屋山上陵(たかやのやまのうへのみささぎ)

高屋山上御陵は、鹿児島県霧島市溝辺町の山麓にある楕円形の円墳です。

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