第十段 一書(3)①|海幸・山幸(異伝)川雁を助ける。

2020年6月22日

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海幸・山幸

ある書では、このように伝わっています。

兄の火酢芹命(ほのすせりのみこと)は海幸を得る能力を持っていたので海幸彦と呼ばれ、弟の彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)は山幸を得る能力を持っていたので山幸彦と呼ばれました。

兄は風雨のあるときはその幸(能力)を失いましたが、弟は風雨であっても幸を失うことはありませんでした。

ある時、兄が弟に

「俺は、ためしにおまえと道具を取り換えようと思うのだが。どうだ?」

と言い、弟もそれに賛同しました。

そこで、兄は弟の弓矢を持って、獣を獲ろうと山に入り、弟は兄の釣針を持って、魚を釣ろうと海に入りました。しかし、ともに獲物をとることができずに、手ぶらで帰って来ました。

兄は弟の弓矢を返し、自分の釣針を返すよう責めた。というのも、弟はすでに釣針を海で失っていて、見つけることができなかったからです。

弟は、新しい釣針を数千本も作って渡したましたが、兄は怒って受け受取りませんでした。そして、自分の釣針を返せと性急に責め立てました。

中略。

弟は海辺に行って、思い悩み「うーむ」とうめきながら彷徨い歩きました。そのとき、川雁(かわかり)が罠に掛かって苦しんでいるのを見つけました。可哀想に思い、罠を解いて放してやりました。

しばらくすると、鹽土老翁(しほつちのをぢ)がやってきて、隙間の無い籠の小舟を作り、火火出見尊を乗せて海中へと押し放ちました。

小舟は自然と沈んでいって、やがて美しい御道が現れ、その道に沿って進むと、海神の宮に着きました。

 原文

一書曰、兄火酢芹命、能得海幸、故號海幸彥。弟彥火火出見尊、能得山幸、故號山幸彥。兄則毎有風雨、輙失其利。弟則雖逢風雨、其幸不忒。時兄謂弟曰「吾試欲與汝換幸。」弟許諾因易之。時兄取弟弓失、入山獵獸。弟取兄釣鉤、入海釣魚。倶不得利、空手來歸。兄卽還弟弓矢而責己釣鉤、時弟已失鉤於海中、無因訪獲、故別作新鉤數千與之。兄怒不受。急責故鉤、云々。

是時、弟往海濱、低徊愁吟。時有川鴈、嬰羂困厄。卽起憐心、解而放去。須臾有鹽土老翁來、乃作無目堅間小船、載火火出見尊、推放於海中。則自然沈去、忽有可怜御路、故尋路而往、自至海神之宮。

 かんたん解説

川雁を助ける

海幸彦、山幸彦の一書は、およそ同じような内容となっていて少々退屈なのですが、そんな中この「川雁」の一節はこの書にしかありません。

浦島太郎の亀の如く、この後で川雁が恩返しに来るとか、川雁に乗って大空へとか、、、?という展開を期待するのですが、なんとこれっ切り登場しないんです。

なんやねん!という感じです。

可怜御路

怜は、かしこい・さとい・憐れむなどの意味がありますが、万葉集では、怜を「うまし」と読ませていますので、ここはやはり「うまし」という意味で使われていると思われます。

「御路」と続くことから、位の高い人が通る素晴らしく美しい道という意味と捉えました。

海神の宮

海神が自ら迎え入れ、海驢(みち)の皮を何枚も重ね敷き、そこにお座りいただき、沢山の品々でもてなして、主人としての礼を尽くしました。

それからおもむろに、

「かたじけなくも、天神の孫が、どのような理由でいらっしゃったのでしょうか。」

と尋ねました。

[ ある話では、「この頃、私の娘が『天孫が海辺で悩んでおられると聞きます。本当のことかどうかは分かりませんが。』と申しておりましたが、そのようなことがあるのでしょうか。」と尋ねたといいます。]

彦火火出見尊は、今までの事をお話になり、そして留まって休まれました。海神は娘の豊玉姫を妻として差し上げました。二人はむつみ合い愛し合って、三年の月日が過ぎました。

彦火火出見尊が帰ろうとなさるとき、海神が鯛女を呼んで口の中を探すと、釣針が見つかりました。彦火火出見尊に、その釣針をお渡しし、

「これをお兄さんに渡す時に、『大鉤(おほぢ)・踉䠙鉤(すすのみぢ)・貧鉤(まぢち)・痴矣鉤(うるけぢ)』と言ってから後ろ手に投げて返してください。」

と教えました。

そして、鰐魚(わに)を集めて、

「天神の御孫が今お戻りになろうとされている。おまえたちは何日でお送りできるか?」

と尋ねると、鰐魚はそれぞれの体の長短に応じた日数を申し出ました。

その中に一尋鰐(ひとひろのわに)がいて、

「一日のうちにお送りいたしましょう。」

と言いました。そこで、一尋鰐魚(ひとひろのわに)に送らせることにしました。

また、潮満瓊(しほみつたま)と潮涸瓊(しほふるたま)の二種の宝物を差し上げて、玉の使い方を教え、さらに、

「お兄さんが高い処に田を作ったならば、あなたは低い処に田を作りなさい。お兄さんが低い処に田を作ったならば、あなたは高い処に田を作りなさい」

と教えました。

このように、海神は誠心誠意尽くしました。

そして、彦火火出見尊は戻って、海神の教えの通りに行動しましたので、やがて兄の火酢芹命(ほのすせりのみこと)は日に日にやつれていき、

「私は、すっかり貧しくなってしまった。」

と言って、弟に服すことになりました。

弟が潮満瓊を出すと、兄は溺れ苦しみ、反対に潮涸瓊を出すと救われました。

 原文

是時、海神自迎延入、乃鋪設海驢皮八重、使坐其上、兼設饌百机、以盡主人之禮、因從容問曰「天神之孫、何以辱臨乎。」一云「頃吾兒來語曰『天孫憂居海濱、未審虛實。』蓋有之乎。」彥火火出見尊、具申事之本末、因留息焉。海神則以其子豐玉姬妻之。遂纒綿篤愛、已經三年。

及至將歸、海神乃召鯛女、探其口者、卽得鉤焉。於是、進此鉤于彥火火出見尊、因奉教之曰「以此與汝兄時、乃可稱曰『大鉤、踉䠙鉤、貧鉤、癡騃鉤。』言訖、則可以後手投賜。」已而召集鰐魚問之曰「天神之孫、今當還去。儞等幾日之內、將作以奉致。」時諸鰐魚、各隨其長短、定其日數、中有一尋鰐、自言「一日之內、則當致焉。」故卽遣一尋鰐魚、以奉送焉。復進潮滿瓊・潮涸瓊二種寶物、仍教用瓊之法、又教曰「兄作高田者、汝可作洿田。兄作洿田者、汝可作高田。」海神盡誠奉助、如此矣。時彥火火出見尊、已歸來、一遵神教依而行之、其後火酢芹命、日以襤褸而憂之曰「吾已貧矣。」乃歸伏於弟。弟時出潮滿瓊、卽兄舉手溺困。還出潮涸瓊、則休而平復。

 かんたん解説

海驢(みち)

ニホンアシカのこと。

大鉤・踉䠙鉤・貧鉤・痴矣鉤

ぼんやり針、あわて針、まずしい針、おろか針だそうです。

 

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