第十段 一書(4)|海幸・山幸(異伝)風招の術で強風をおこす!

2020年6月22日

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海幸と山幸

ある書では、このように伝わっています。

兄の火酢芹命(ほのすせりのみこと)は山の幸利を得、弟の火折尊(ほのをりのみこと)は海の幸利を得ていました。

・・・中略・・・

弟が海辺で溜息をついていると、鹽筒老翁(しほつつのをぢ)に出会いました。老翁が、

「何を悩んでおられるのかの。」

と尋ねたので、火折尊が答えることに、、、

・・・中略・・・

老翁が、

「心配しなくてもいですよ。私が取り計らいましょう。」

と言って、一計を案じ、

「海神の乗る駿馬は八尋鰐です。その八尋鰐は背鰭(せびれ)を立てて橘之小戸(たちばなのをど)におります。その鰐と計略を練りましょう。」

と言いました。そして、火折尊を連れて出向いて、鰐に会いました。

鰐魚(わに)は考えて、

「私は八日のうちに天孫を海神の宮にお送りしましょう。しかし、我が君の駿馬の一尋鰐魚なら、一日でお送りすることができるはずです。

そこで、私が帰って、彼を出て来させますので、彼に乗って海にお入りください。海に入ると、海の中に美しい小浜があります。

その浜に沿って進めば、我が君の宮に着きます。宮の門の井戸のそばには神霊を宿した桂の木がありますので、その木の上に登って待っていてください。」

と、言いが速いか海に入り、去って行きました。

天孫が鰐の言った通りに留まり、待つこと八日。やっとこさ一尋鰐魚がやってきたので、乗って海に入り、鰐が教えた通りにしました。

 原文

一書曰、兄火酢芹命、得山幸利。弟火折尊、得海幸利、云々。弟愁吟在海濱、時遇鹽筒老翁、老翁問曰「何故愁若此乎。」火折尊對曰、云々。老翁曰「勿復憂、吾將計之。」計曰「海神所乘駿馬者、八尋鰐也。是竪其鰭背而在橘之小戸、吾當與彼者共策。」乃將火折尊、共往而見之。

是時、鰐魚策之曰「吾者八日以後、方致天孫於海宮。唯我王駿馬、一尋鰐魚、是當一日之內、必奉致焉。故今我歸而使彼出來、宜乘彼入海。入海之時、海中自有可怜小汀、隨其汀而進者、必至我王之宮。宮門井上、當有湯津杜樹。宜就其樹上而居之。」言訖卽入海去矣。故、天孫隨鰐所言留居、相待已八日矣、久之方有一尋鰐來、因乘而入海、毎遵前鰐之教。

 かんたん解説

どうでもいいことなんですが、、、

最初の鰐は
「自分は海神の宮殿まで8日かかる。一尋鰐なら1日で送ることができる。だから一尋鰐を呼んでくる。ちょっと待っててね。」
と言いました。

そして、結局8日待たされました。

これって、意味なくないですか?

 

天孫の資格

豊玉姫(とよたまひめ)の侍女が美しい鋺を持って水を汲もうとすると、水底に人影が映っていたので、汲み取ることができず、見上げると天孫を見つけました。戻って王に、

「私は我が王が最も美しい方だと思っていましたが、今おいでの一人の客人の方が遥かに勝っておられます。」

と告げました。

海神は

「ならば、ためしに会ってみるとするか。」

と言って、三つの床を設えて迎え入れました。

天孫は、入り口近くの床で両足を拭き、中の床で両手を付いて、内の床の眞床覆衾(まとこおふふすま)の上にゆったりと胡坐をかいて座りました。

海神はこの所作を見て、この方こそが天神の孫であること悟り、ますます崇敬しました。

中略

海神が赤女(あかめ)と口女(くちめ)を召し出して尋ねると、口女が口から釣針を出して奉りました。[赤女は赤鯛のことで、口女は鯔魚(ぼら)のことです。]

海神は、その釣針を彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)に渡して、

「お兄さんに釣針を返す時には、『おまえの八十連屬(やそつづき)まで、貧鉤(まぢち)・狭狭貧鉤(ささまぢち)』とおっしゃり、三度唾を吐かれませ。

またお兄さんが釣りのために海に入った時には、あなたは海岸にいらっしゃって、風招をなさいませ。風招とは、嘯(うそぶき)のことです。そうすれば、私が沖風や浜辺の風を起こし、激しい波で溺れ悩ませましょう。」

と教えました。

 原文

時、有豐玉姬侍者、持玉鋺當汲井水、見人影在水底、酌取之不得、因以仰見天孫、卽入告其王曰「吾謂我王獨能絶麗、今有一客、彌復遠勝。」海神聞之曰「試以察之。」乃設三床請入。於是、天孫於邊床則拭其兩足、於中床則據其兩手、於內床則寛坐於眞床覆衾之上。海神見之、乃知是天神之孫、益加崇敬、云々。海神召赤女・口女問之、時口女、自口出鉤以奉焉。赤女卽赤鯛也、口女卽鯔魚也

 かんたん解説

海神は、火折尊が眞床覆衾にゆったりと座った様子を見て天孫だと悟りました。

眞床覆衾

眞床覆衾は天孫の象徴だそうです。

第九段本文に、

時ここに至り、高皇産霊尊は、真床追衾(まとこおふふすま)で皇孫の天津彥彥火瓊瓊杵尊を覆い、降臨させました。

とあります。

床をおおう敷物という意味の真床追衾(まとこおふふすま)は、寝るときに被る掛け布団になったり、座布団になったり、赤ちゃんのおくるみになったりする便利な布なんですが、これを使うことのできるのは天孫のみとのこと。

ゆったりと

そのような真床追衾(まとこおふふすま)に、迷わずにゆったりと、すなわち座り慣れた感じで座った若者を見て、海神はこの若者を天孫:皇位を継ぐ者だと確信したというわけです。

 

隼人の舞

火折尊(ほのをりのみこと)は戻ると、海神の教えどおりに行いました。

兄が釣りをする日に弟は海岸で嘯(うそぶ)きました。すると疾風(はやち)がたちまち起こって、兄は溺れ苦しみ、助かる手立てはありませんでした。

そこで、遠くにいる弟に頼んで、

「おまえは久しく海の国にいたから、助かる方法を知っているはずだ。たのむ助けてくれ。もし助けてくれたら、子々孫々までお前の宮の垣根から離れず仕えて、芸人の民となろうぞ。助けてくれい。」

といいました。

そこで、弟が嘯きを止めると、風が止みました。その為、兄は弟には不思議な力があることを知って。自ら弟に服従しようとしました。しかし、弟は顔を赤くして怒ったまま。口をききませんでした。

そこで、兄はふんどしをして、赤土を手と顔に塗り、

「私はこの通り身を汚しました。永久にあなたの芸人となりましょう。」

と言い、足を上げてバタバタさせて溺れ苦しむ真似をしました。

最初に潮が足首まで来たときは爪先立ちをし、潮が膝まで来たときは足を上げ、股になると飛び上がり、腰になると腰を撫で、腋になると手を胸に当て、首に達した時には両手を上げてヒラヒラと振りました。

この演技は、今に至るまで絶えることなく続いています。

 原文

時、海神授鉤彥火火出見尊、因教之曰「還兄鉤時、天孫則當言『汝生子八十連屬之裔、貧鉤・狹々貧鉤。』言訖、三下唾與之。又兄入海釣時、天孫宜在海濱、以作風招。風招卽嘯也、如此則吾起瀛風邊風、以奔波溺惱。」火折尊歸來、具遵神教。至及兄釣之日、弟居濱而嘯之、時迅風忽起。兄則溺苦、無由可生、便遙請弟曰「汝久居海原、必有善術、願以救之。若活我者、吾生兒八十連屬、不離汝之垣邊、當爲俳優之民也。」於是、弟嘯已停而風亦還息。故、兄知弟德、欲自伏辜、而弟有慍色、不與共言。於是、兄著犢鼻、以赭塗掌塗面、告其弟曰「吾汚身如此、永爲汝俳優者。」乃舉足踏行、學其溺苦之狀、初潮漬足時則爲足占、至膝時則舉足、至股時則走廻、至腰時則捫腰、至腋時則置手於胸、至頸時則舉手飄掌。自爾及今、曾無廢絶。

 かんたん解説

嘯(うそぶ)く

この一書では、潮満珠や潮乾珠の呪力ではなく、弟が嘯いて風招をすることで、海神が大風を吹かせ溺れさせます。

では、嘯くとは?

口をすぼめて強く息を吐く、あるいは口笛を吹く、猛獣が吠えるというような行為です。

そういえば、、、

数年前の地鎮祭で、神主さんが「今から神様をお呼びします」的な解説をして、祝詞を奏上。その中で「ううううううううう、、、、、、、、、、、、、っ」と唸るような長い声を発しました。そのとたん、強風が吹き祭壇の玉串が飛びそうになったのを記憶しています。

あれが、「嘯き」だったのでしょうか。。。

 

豊玉姫の出産

これより前、豊玉姫が地上にやって来て出産するときに、皇孫にお願いをしました。

中略

皇孫が従わなかったので、豊玉姫は大変恨んで、

「私のお願いを聞き入れないで、私に恥をかかせました。だから今より後は、私の召使があなたの元に行っても返さないでください。あなたの召使が私の元に来ても返しません。」

と言いました。

そして、眞床覆衾と萱で、生まれた子を包んで渚に置くと、すぐに海に入り去っていきました。これが海と陸とが通い合わなくなたった起源です。

ある話では、

子を渚に置き去りにするのはよくないので、豊玉姫命自身が抱いて去って行きました。その後、久しくして、

「天孫の子を海の中に置くのはよろしくない。」

と、玉依姫に抱かせて送り出したともいいます。

はじめ、豊玉姫が別れ去る時に、切々と恨み事を言ったので、火折尊は、再び会うことはなかろうと思って、歌を送りました。これはすでに上文(一書(3))に書きました。

 原文

先是、豐玉姬、出來當産時、請皇孫曰、云々。皇孫不從、豐玉姬大恨之曰「不用吾言、令我屈辱。故自今以往、妾奴婢至君處者、勿復放還。君奴婢至妾處者、亦勿復還。」遂以眞床覆衾及草、裹其兒置之波瀲、卽入海去矣。此海陸不相通之緣也。一云、置兒於波瀲者非也、豐玉姬命、自抱而去。久之曰「天孫之胤、不宜置此海中。」乃使玉依姬持之送出焉。初、豐玉姬別去時、恨言既切、故火折尊知其不可復會、乃有贈歌、已見上。

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