第十一段 本文・一書(1)~(4)|神日本磐余彦尊誕生の誕生

2020年6月22日

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神武天皇の誕生

彦波瀲武盧茲草葺不合尊(ひこなぎさたけうかやふきあへずのみこと)は、姨の玉依姫(たまよりひめ)を妃として、

  • 彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を生みました。
  • 次に稲飯命(いなひのみこと)
  • 次に三毛入野命(みけいりののみこと)
  • 次に神日本磐余彦尊(かむやまといはれびこのみこと)

合わせて四人の男子を生みました。

久しき後に、彦波瀲武盧茲草葺不合は西洲之宮(にしのくにのみや)で崩御され、日向吾平山上陵(ひむかのあひらのやまのうえのみささぎ)に埋葬申し上げました。

 原文

彥波瀲武鸕鷀草葺不合尊、以其姨玉依姬爲妃、生彥五瀬命、次稻飯命、次三毛入野命、次神日本磐余彥尊、凡生四男。久之彥波瀲武鸕鷀草葺不合尊、崩於西洲之宮、因葬日向吾平山上陵

 かんたん解説

彦波瀲武盧茲草葺不合尊は、たったこれだけの記述しかないのは寂しいですが、逆にたったこれだけの記述に一つの段を附番しているとも受け止められます。

それだけ重要な事柄が記述されているということです。

何が重要なのか。もちろん「神武」の誕生でしょう。

日向三代

瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、彦波瀲武盧茲草葺不合尊の三代を総称して、日向三代(ひむかさんだい)と呼びます。これに、高天原にいる天照大神と天忍穂耳尊を加えて、地神五代(ちじんごだい)と呼びます。その前の伊弉諾尊・伊弉冉尊までが神世七代(かみのよななよ)です。

七・五・三。陰陽道では奇数は「陽」。まあ、縁起がいいということになるのでしょうか。。。

西洲之宮

鹿児島県肝属郡肝付町宮下の桜迫神社の近くに、その石碑が立っています。彦波瀲武盧茲草葺不合尊の宮というよりは、神武天皇が生まれ育った場所かも、と想像する方が楽しいですね。

日向吾平山上陵

鹿児島県鹿屋市吾平町上名にある御陵です。

 

第十一段一書(1)

ある書には、このように伝わっています。

  • まず、彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を生みました。
  • 次に稲飯命(いなひのみこと)、
  • 次に三毛入野命(みけいりののみこと)、
  • 次に狹野尊(さののみこと)

狹野尊(さののみこと)は、亦の名を神日本磐余彦尊(かむやまといはれびこのみこと)とおっしゃいます。

狹野というのは、幼い時の名で、後に天下(あめのした)を平定し、八洲(やしま)を治めました。そのため、名を加えて神日本磐余彦尊とおっしゃるのです。

 原文

一書曰、先生彥五瀬命、次稻飯命、次三毛入野命、次狹野尊、亦號神日本磐余彥尊。所稱狹野者、是年少時之號也、後撥平天下奄有八洲、故復加號曰神日本磐余彥尊。

 

第十一段一書(2)

ある書には、このように伝わっています。

  • まず、五瀬命(いつせのみこと)を生んだ。
  • 次に三毛野命(みけののみこと)
  • 次に稲飯命(いなひのみこと)
  • 次に磐余彦尊(いはれびこのみこと)

または神日本磐余彦火火出見尊(かむやまといはれびこほほでみのみこと)といいます。

 原文

一書曰、先生五瀬命、次三毛野命、次稻飯命、次磐余彥尊、亦號神日本磐余彥火火出見尊。

 

第十一段一書(3)

ある書には、このように伝わっています。

  • まず、彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を生みました。
  • 次に稲飯命(いなひのみこと)、
  • 次に神日本磐余彦火火出見尊(かむやまといはれびこほほでみのみこと)、
  • 次に稚三毛野命(わかみけののみこと)。

 原文

一書曰、先生彥五瀬命、次稻飯命、次神日本磐余彥火火出見尊、次稚三毛野命。

 

第十一段一書(4)

ある書には、このように伝わっています。

  • まず、彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を生みました。
  • 次に磐余彦火火出見尊(いはれびこほほでみのみこと)
  • 次に彦稲飯命(ひこいなひのみこと)
  • 次に三毛入野命(みけいりののみこと)

 原文

一書曰、先生彥五瀬命、次磐余彥火火出見尊、次彥稻飯命、次三毛入野命。

 かんたん解説

一書の(1)~(4)を比較すると、4人の御子たちの生まれ順が少しづつ違います。

彦五瀬命

全ての書で長男として生まれています。「五」は厳・斎、「瀬」は神稲を意味するらしいですよ。

このあと、弟たちと一緒に東征に参加しますが、途中、手傷を負って和歌山あたりで亡くなってしまいます。

稲飯命

本文・(1)(3)では二男。(2)(4)では三男となっています。神名から判断するに、穀物の神という性質を持つのでしょう。

東征の途中、紀伊半島を回り込んで熊野に向かう海に飛び込んで戻りません。

三毛入野命

本文・(1)が三男。(2)が二男。(3)(4)が四男です。「ミケ」は「食物」を意味しますから、食物の神の性質を持つと思われます。

東征の途中、紀伊半島を回り込んで熊野に向かう海で常世国に去ります。

神日本磐余彦尊

本文・(1)(2)は四男で、(3)は三男、(4)は二男。

いわずと知れた、初代天皇の神武のことを指します。幼名を狹野尊。尊がつくから皇位継承者ですね。

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