第六段 本文①|伊弉諾尊の幽宮、素戔嗚尊の天上詣

スポンサーリンク

伊弉諾尊、隠居する

そこで、素戔嗚尊は

「父上のご命令の通り、根国(ねのくに)に参ります。でもその前に、暫くの間高天原に出向き姉上にお会いしてから、永久に退きたいと思います」

と申し上げて伊弉諾尊の許しを得て、天に参上することとなりました。

 

その後、神としのやるべきことを全て終えた伊奘諾尊は、御隠れになろうとされ、幽宮(かくれのみや)淡路の国に構えて、静かに長く御隠れになられました。

ある話では、伊弉諾尊は功績を重ね、神徳も高かったので、天に登って天神に報告されました。そのことにより、日少宮に留まり住むことになりましたといいます。日少宮は「ひのわかみや」と読みます。

原文

於是 素戔嗚尊請曰 吾今奉教 將就根國 故欲暫向高天原 與相見而 後永退矣 勅許之 乃昇詣之於天也

是後 伊弉諾尊 神功既畢 靈運當遷 是以 構幽宮於淡路之洲 寂然長隱者矣 亦曰 伊弉諾尊 功既至矣 德文大矣 於是 登天報命 仍留宅於日之少宮矣 少宮 此云倭柯美野

簡単な解説

姉上

第五段では、生まれた日神は男女の性別は記載されいませんでした。

陰陽思想では陽、すなわち男神であるのが自然なのですが、「大日孁貴」(おおひるめのむち)という名を与えることで、女神かも、、、という印象操作を行うに留まっていました。

しかし遂にここで「姉」という言葉を用いることで、女神であることを明確に打ち出したのです。

女性天皇(持統天皇)即位の正当性を担保することに成功したわけです。(と私は思います)

幽宮(かくれのみや)

神には寿命がありませんので、今でも幽宮に隠れておられるのです。その幽宮の場所はといいますと、兵庫県淡路市多賀にある伊弉諾神宮です。

伊弉諾尊と伊弉冉尊の二柱を祀り、縁結びや子宝を祈願する人々の崇敬を集めています。

しかし、滋賀県の多賀町にある多賀大社も幽宮であると主張しています。

何故かといいますと、

日本書紀では幽宮の場所を「淡路之洲」としていますし、古事記での「淡路之多賀」とあるのですが、数ある写本の中の「真福寺本」に「淡海之多賀」と見えるからです。

「淡海之多賀」を「近江の多賀」と読むわけですね。

ところが、古事記において「近江」は「近淡海」と表記されていますので、ここだけが「淡海」というのも変だよ、ということで、学者筋でも兵庫県の淡路島説が圧倒的に有力です。

そもそも、初めて生んだ淡路島に隠居するほうが、お話としても腑に落ちますし。

日少宮

いやいや淡路島じゃなくて天上の日少宮に隠れたという話もあるよ~とも記述されていますね。

どうやら、天には宮殿がいくつかあって、日の宮が天照大神の宮殿で、日少宮が伊弉諾尊の宮殿となるのでしょう。

日の少宮(わかみや)ですから、日が若い状態を言っているのでしょう。

日の若い状態ってどういうこと?若い・幼いってどんな感じ?

天地開闢で何度も出てきた「葦の芽の勢い」が若い状態だと感じます。つまり、勢いが盛んな状態、神様ですから霊力が盛んな状態といいましょう。

では、日の霊力が最も盛んな状態とは?夏至ですね。夏至の方角に「隠れ宮」を構えたということは、伊弉諾尊は、夏至の「日の入り」の方角に隠れたということです。

そこで、伊弉諾神宮のある場所に日が沈む場所を探してみると、、、紀伊半島を横断して、、、「花窟神社」に辿り着きました。そうです。第五段一書(5)で登場した、伊弉冉尊の埋葬地ともいわれる「熊野有馬村」です。

もちろん、そこから淡路島に落ちる夕日は見えるはずもないのですが、偶然でしょうか、、、

素戔嗚尊、天上へ

素戔嗚尊が天に昇られる時、大海(おほうなばら)は激しく揺れ動き、山は鳴り響きました。これは、素戔嗚尊の神性が猛々しく力強いからです。

むろん、天照大神も、そもそも素戔嗚尊が荒々しく悪い性格であることを知っておられましたので、素戔嗚尊がやってくる時の様子をお聞きになると、顔色を変えて大変驚かれて、

「弟がやって来るのは、おそらく良い心からではないだろう。この国を奪おうという意思があるのだと思う。すでに私たちの父母は、それぞれの子供らが治めるべき場所と境を定めて任せたのに、どうして治めるべき国を棄て置いて、敢えてこの国を窺おうとするのか。」

とおっしゃり、髪を結んで(みづら)にし、(みも)を縛って袴(はかま)にし、八坂瓊の五百箇御統(やさかにのいほつのみすまる)を頭や腕に巻き付けました。

そして、背には千箭の靭(ちのりのゆき)と五百箭の靭を付け、腕には稜威之髙鞆(いつのたかとも)を付け、弓弭を振り立て、劒の柄を握りしめ、固い大地を股まで踏み抜いて淡雪のように蹴散し(くゑはららかし)、激しく雄詰(おたけび)され、激しく責め、詰問されました。

原文

始 素戔嗚尊 昇天之時 溟渤以之鼓盪 山岳爲之鳴呴 此則神性雄健使之然也  天照大神 素知其神暴惡 至聞來詣之狀 乃勃然而驚曰 吾弟之來 豈以善意乎 謂當有奪國之志歟 夫父母既任諸子各有其境 如何棄置當就之國而敢窺窬此處乎 乃結髮爲髻 縛裳爲袴 便以八坂瓊之五百箇御統 御統 此云美須磨屢 纒其髻鬘及腕 又背負千箭之靫千箭 此云知能梨 與五百箭之靫 臂著稜威之高鞆稜威 此云伊都 振起弓彇 急握劒柄 蹈堅庭而陷股 若沫雪以蹴散 蹴散 此云倶穢簸邏邏箇須 奮稜威之雄誥 雄誥 此云鳥多稽眉 發稜威之嘖讓 嘖讓 此云舉廬毗 而俓詰問焉

簡単な解説

天照大神の武装

聞き慣れない武具などが登場しますので、少し紹介しておきましょう。

髻(みづら)

角髪(みずら)ともいいます。長い髪を耳の横で括って垂らす髪型です。

(みも)

古代の衣装で巻きスカートのようなもの。天照大神は、これの股を縛ることでズボンのようにしたのでしょう。

八坂瓊の五百箇御統(やさかにのいほつのみすまる)

瓊がたくさん連ねたもので、今でいうネックレスやブレスレットのような装飾品です。

千箭の靭(ちのりのゆき)

靭は、矢筒のことです。天照大神は、千本の矢が入った矢筒と、五百本の矢が入った矢筒を背負っていたんですね。

稜威之髙鞆(いつのたかとも)

鞆は、矢を射るときに左腕の手首近くにつけるアームガード。矢を射ると弦が鞆にあたり、音が鳴ります。

その音がピーンと高く、神聖で威力がある様を名前にしているんです。

弓弭

弓の端っこのことです。すなわち、弦を結び付ける部分ですね。

出来上がりは、こんな感じでしょうか
(これは、上村松園さん作の日本武尊です。参考までに、、、)

スポンサーリンク