第六段 本文②|天照大神と素戔嗚尊との誓約

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誓約の内容

素戔嗚尊は、

「私は初めから悪意など持っていません。ただ父母の厳しい命により、永遠に根国に行こうと思っています。しかし、姉上に会わずして、去り行くことなどできましょうや。雲や霧を踏み越え、遠くやって来ました次第です。姉上がこのようにこわい顔をしてお怒りになられるとは、思いもよりませんでした」

と答えられました。すると、天照大神は、

「もしそうだとしたら、いかにしてその清い心を証明するのか」

と訊ねられました。これに答えて、

「姉上と共に誓約(うけい)をいたしましょう。その誓約の中で私は必ず子を生みましょう。もしも私の生んだ子が女ならば私に悪意があると思ってください。もし男ならば清い心だと思ってください。」

と答えられました。

原文

素戔嗚尊對曰 吾元無黑心 但父母已有嚴勅 將永就乎根國 如不與姉相見 吾何能敢去 是以 跋渉雲霧 遠自來參 不意 阿姉翻起嚴顏 于時 天照大神復問曰 若然者 將何以明爾之赤心也 對曰 請與姉共誓 夫誓約之中 誓約之中 此云宇氣譬能美儺箇 必當生子 如吾所生 是女者 則可以爲有濁心 若是男者 則可以爲有淸心

簡単な解説

誓約

古代の占いの一種です。

何かをして、、、、その結果が、もし〇〇だったら、、、もし△△だったら、、、というものです。

今回の場合は、素戔嗚尊の子が女なら悪、男なら善と誓約を立てました。古事記では逆でした.

女=陰、男=陽という陰陽思想が反映されているのでしょうか。

決して女が悪というわけではないので、念のため、、、

誓約の実施

そこで、天照大神は素戔嗚尊の十握劒を求め取って三つに折り、天眞名井(あめのまなゐ)の水で振り濯いで、ガリガリと噛んで、吹き棄てる息の霧から生まれた神を、

  • 田心姫(たこりひめ)
  • 次が湍津姫(たぎつひめ)
  • 次が市杵嶋姫(いつきしまひめ)

といいます。合わせて三柱の女神です。

そして今度は素戔嗚尊が、天照大神の頭や腕に巻き付けておられた八坂瓊の五百箇の御統(みすまる)を求め取って、天眞名井の水で振り濯ぎ、ガリガリと噛み砕いて、吹き棄てる息の霧から生まれた神を、

  • 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさ か あ かつ かち はや ひ あま の おし ほ みみ の みこと)
  • 次が天穂日命(あめのほひのみこと)
    出雲臣(いづものおみ)・土師連(はじのむらじ)らの祖(おや)と
  • 次が天津彥根命(あまつひこねのみこと)
    凡川内直(おほしかふちのあたひ)・山代直(やましろのあたひ)らの祖であると云う。
  • 次が活津彥根命(いくつひこねのみこと)
  • 次が熊野櫲樟日命(くまののくすびのみこと)

といいます。合わせて五柱の男神です。

天照大神は、

「素戔嗚尊が生んだ神々の物根(ものざね)もとは、八坂瓊の五百箇の御統であり、それは私の物であるから、この五柱の男神はすべて私の子である」

とおっしゃられて、引き取って育てられました。

また、

「この十握劒は素戔嗚尊の物であるから、三柱の女神はすべてお前の子である」

とおっしゃり、素戔嗚尊に授けられた。これらの女神は筑紫の胸肩君等(むなかたのきみら)が祀る神である。

原文

於是 天照大神 乃索取素戔嗚尊十握劒 打折爲三段 濯於天眞名井 然咀嚼 然咀嚼 此云佐我彌爾加武 而吹棄氣噴之狹霧 吹棄氣噴之狹霧 此云浮枳于都屢伊浮岐能佐擬理 所生神 號曰田心姬 次湍津姬 次市杵嶋姬 凡三女矣
既而 素戔嗚尊 乞取天照大神髻鬘及腕所纒 八坂瓊之五百箇御統 濯於天眞名井 然咀嚼 而吹棄氣噴之狹霧所生神 號曰正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊 次天穗日命 是出雲臣・土師連等祖也 次天津彥根命 是凡川內直・山代直等祖也 次活津彥根命 次熊野櫲樟日命 凡五男矣  是時 天照大神勅曰 原其物根 則八坂瓊之五百箇御統者 是吾物也 故 彼五男神 悉是吾兒 乃取而子養焉 又勅曰 其十握劒者 是素戔嗚尊物也 故 此三女神 悉是爾兒 便授之素戔嗚尊 此則筑紫胸肩君等所祭神是也

簡単な解説

誓約の結果

素戔嗚尊が生んだ子は男神で、天照大神が生んだ子は女神でした。ですから、素戔嗚尊の勝ちとなります。

しかし、天照大神が、素戔嗚尊の持ち物から生まれた女神を素戔嗚尊の子、天照大神の持ち物から生まれた男神を天照大神の子と決めました。となると、天照大神の勝ちとなります。

どちらともとれる結果となってしまいました。

第六段の本文では、どちらの勝ちか明示されていません。

天真名井

天上にある、素晴らしく清らかな泉のことです。

水道なんてない時代に、泉は命にも代えがたいものだったはずです。もちろん川にも水はありますが、こっちは洪水の危険があります。ですから、高台の泉は貴重なんです。

だから神聖視するんですね。そもそも、岩の隙間や地面から水が滾々と湧出るなんて神秘的ですし。

宗像三女神

筑紫の宗像氏が祀る三女神。

海人族が祀る三柱セットの神ですから航海の神。夜の道しるべであるオリオン座の三ツ星を表しています。

少童三神(阿曇族)、住吉三神(住吉族)、宗像三神(宗像族)という順番で生まれてきたのは、それぞれの部族の活躍時期のずれを表しているのでしょう。

五男神

正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊
(まさ か あ かつ かち はや ひ あま の おし ほ みみ の みこと)

なんとも長い名前ですね。

吾勝勝速日」の部分は、「まさに勝った!われは勝った!日が昇る如く素早く勝った!」という、素戔嗚尊が誓約に勝ったことを主張した時の勝ち名乗りだと言われています。

誓約の結果は、どちらともとれる結果といいますか、天照大神に覆されたようなものだったので、いち早く勝ち名乗りを上げて勝ちを主張したというように思えます。

天穂日命

後裔は出雲国の国造です。出雲大社の祭主でもあります。何故、天照大神の子すなわち高天原の天津神が、よりによって出雲国の神となったのか、、、

この後、葦原中国平定の場面で登場するので、ここでの説明は控えておきます。でも覚えておいてくださいね。

天津彥根命

畿内・関東を中心に、多くの氏族の祖となっています。子孫が全国に散らばったのか、もしくは、多くの氏族(朝廷に協力的な)がそれぞれに奉斎していた神の集合体を天津彦根命として、天照大神の子という格を付けをしたということかもしれません。

活津彥根命

平安時代815年に編纂された氏族に関する情報本「新撰姓氏録」に、

「恩智神主(神主は姓)、高魂命(高皇霊産尊)の子の伊久魂命(いくむすび)の後なり」との記述があるのですが、この伊久魂命(いくむすび)が活津彥根命だという説があります。

となれば、天照大神の子ではなく高皇霊産尊の子だったということになりますよね。

記紀を読み進むと感じるのですが、時として高皇霊産尊が最高権力者のような記述が出てきます。

これは、記紀編纂の目的の一つとして、天照大神という女神を最高神に仕立て上げなければいけない事情があったことの裏返し、すなわち、そもそも日本神話は高皇霊産尊を最高神としていたのでは?と思われるわけです。

熊野櫲樟日命

これ以降、登場することは無かったと思います。あったらごめんなさい。

でもこの神様は、もしかしたら、現在は「熊野大神櫛御気野命」が祀られている出雲の熊野大社の元々の祭神だったかもといわれていますし、

また、和歌山の熊野那智大社の祭神「熊野夫須美大神」の正体を、現在では伊邪那美命とされていますが、本来は熊野櫲樟日命ではなかったのか、なんて言われています。

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