第八段 一書(6)①|大国主神の国造り

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大国主の功績

ある書では、このように伝えられています。

大国主神は、

  • またの名を大物主神といいます
  • または、国作大己貴命(くにつくりのおほあなむちのみこと)といい、
  • 葦原醜男(あしはらのしこを)とも、
  • 八千戈神(やちほこのかみ)とも、
  • 大国玉神(おほくにたまのかみ)とも、
  • 顕国玉神(うつしくにたまのかみ)とも

大国主神の子は併せて181神でした。

大己貴命は少彥名命(すくなひこなのみこと)と力を合わせ心を一つにして天下を経営しました。

顯見蒼生(うつしきあをひとくさ:人民)や家畜のために、病を癒す方法を定め、鳥獣や昆虫の害を払うための呪(まじな)いを定められました。

これによって、人々は今に至るまで、ことごとくこの神の恩恵を受けているのです。

原文

一書曰、大國主神、亦名大物主神、亦號國作大己貴命、亦曰葦原醜男、亦曰八千戈神、亦曰大國玉神、亦曰顯國玉神。其子凡有一百八十一神。夫大己貴命與少彥名命、戮力一心、經營天下。復、爲顯見蒼生及畜産、則定其療病之方。又、爲攘鳥獸昆蟲之災異、則定其禁厭之法。是以、百姓至今、咸蒙恩頼。

簡単な解説

古事記では、因幡白兎、八十神の迫害、根の国訪問、須勢理姫との結婚、そして国造りなどの、若い頃の物語に多くの紙面を割いた大国主神でしたが、日本書紀ではこの一書(6)のみで、大変短くなっています。

ヤマト王権の正統を謳う日本書紀としては、大国主神や大物主神に関する記事は避けたいところなのでしょうか。

大物主神

大物主は大国主であると、さらっと書かれています。古事記とは大きく異なる部分です。一体どんな考えがあるのでしょうか。

功績

紙面上の大国主神の取り扱い量が少ないとは言え、医療や害虫駆除の方法を定めるといった具体的な功績について述べられ、さらに「今の人々も、その恩恵を受けている」と述べられている点は、古事記と異なる部分ですし、興味深いです。

だって、高天原系すなわちヤマト王権から見た大国主神とは、敵対していた出雲王権の象徴でしょ。

その大国主神が、今(奈良時代)も人民の崇敬を受ける存在であることを述べているわけですから、いかに旧出雲系の氏族がヤマト王権内で勢力を持っていたのかがわかりますね。

経営

経営とは、「つくり整えて治める」ことですが、そこに「すべての責任を負う」という意味合いが含まれているように思えます。

 

少彦名命、常世郷へ

昔、大己貴命は少彥名命に

「我らの作った国は、立派にできたと言えるだろうか。」

とお尋ねになられると、少彥名命は

「できた所もあれば、できていない所もある。」

と答えられました。

この話には、思うに、深い意味が込められているようです。

その後、少彥名命は熊野の御碕(くまののみさき)に行き、ついに常世郷(とこよのくに)に行かれました。

一説によると、淡嶋に行き、粟の茎にのぼったところ、弾かれて常世郷に着いた、ともいいます。

原文

嘗大己貴命謂少彥名命曰「吾等所造之國、豈謂善成之乎。」少彥名命對曰「或有所成、或有不成。」是談也、蓋有幽深之致焉。其後、少彥名命、行至熊野之御碕、遂適於常世鄕矣。亦曰、至淡嶋而緣粟莖者、則彈渡而至常世鄕矣。

簡単な解説

少彥名命(すくなひこなのみこと)

この一書だけ見れば、突然のように登場して、大国主の功績に一役買って、突然のように常世の国に去っていた小さな神。颯のように現れて颯のように去っていく、、、

月光仮面のような神です。月光仮面、、、しらんか、、、

播磨風土記では大国主との我慢比べの話、伊予風土記逸文では大国主が温泉で少彦名命を癒してあげた話など、中四国北陸あたりの伝承には、コンビで登場する伝承が数多く存在するようです。

ですから、これらの地域が、大国主神と少彦名命が作った国の範囲なのでしょうかね。

深い意味

この会話のどこに深い意味が隠されているのでしょうか。私にはわかりません。奈良時代の人々であれば「深いな~」と思うのでしょうかね。

熊野の御碕(くまののみさき)

さて、ここはどこでしょう。熊野となると、島根と和歌山にその伝承地があるのが常です。

和歌山なら「潮岬」、島根県なら「熊野大社」でしょうか。美穂関という説もあります。

ちなみに、本州最南端の潮岬に鎮座する潮御崎神社は、潮岬が熊野之御碕であるとしています。こちらの神社は、景行天皇28年(西暦98年)の創祇といいますから、えげつなく古い神社ですね。

常世郷(とこよのくに)

古代人が持っていた世界観の中の一つで、一般的な概念は、遠い東の海の彼方の不老不死の楽土といった感じでしょうか。

少彦名命以外にも常世国に行った人がいます。

御毛沼命

神武東征の段で、大阪湾から紀伊半島を回り込んで熊野へ行く途中、荒れる海を鎮めるために、神武の兄の御毛沼命が海に飛び込んで常世へ行きました。

これを見ると、死者の国のように思えます。

田道間守

垂仁天皇の命令により、常世国へ不老不死の果実を採りに行きます。その往復に長い長い年月が経過してしまって、帰ったときには天皇は崩御されていました。

これを見ると、遠い遠いところにある不老不死の永遠の楽園のように思えます。

浦島子

海を渡って常世へ行き、海神の宮殿で過ごしました。永遠の時を過ごしながらも老いることはありませんでしたが、故郷へ帰ると様変わりしていて、、、浦島太郎のお話です。

これは、海の中の永遠の楽園ですね。

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