古事記|葦原中国平定④|建御雷之男神の派遣

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建御雷之男の派遣

天照大御神が

アマテラス

今度は、どの神を遣わせば良いか?どうじゃ?思金よ

とお尋ねになると、思金神や神々は、

オモイカネ

天安河の河上の天石屋(あめのいはや)にいる伊都之尾羽張神(イツノヲハバリの神)を遣わしましょう。

もしこの神でなければ、その神の子の建御雷之男神(建御雷神之男ノヲの神)を遣わすのがいいかと。

オモイカネ

しかし、天尾羽張神(アメノヲハリの神)が天安河の水を噴き上げて道を塞いでいるので訪れることはできません。
ですから、天迦久神(アメノカクの神)を遣わして尋ねさせましょう。

そこで、天迦久神を遣わして伊都之尾羽張神に尋ねましたところ、

アメノオハリ

承知致しました。
しかし、そのような御用であれば、、、
我が子の建御雷之男神が適任かと存ずる。

と答えました。

そこで、天照大御神は、天鳥船神(アメノトリフネの神)を建御雷之男神に副えて遣わしました。

八重事代主神は、、、

そこで、この二柱の神は地上に降りて、出雲国の伊那佐の小濱に降り立ち、建御雷之男神は、十掬剣を浪の穂に逆さまに立て、その剣先に胡座をかいて、大国主神に問いました。

スサノヲ

我々は天照大御神と高木神の命により遣わされ者である。
天照大御神が
『大国主神が治めている葦原中国は我が御子が治めるべき国である。』
と仰せられているのだが、、、
さあ、貴殿、どうする?

オオクニヌシ

私からは是も非も申し上げられんのですよ。
我が子の八重言代主神(ヤヘコトシロヌシの神)が答えましょう。
ですが、今は鳥捕りか魚釣りですかの。
御大之前(みほのさき)に出掛けていて、まだ帰って来とらんのです。

そこで、建御雷之男神がアメノトリフネを遣わして、八重言代主神を呼び戻して同じことを問うと、八重言代主神は父の大神に、

コトシロヌシ

わかりました父上。
この国は天神の御子に差し出しましょう。

と言って、乗っておられた船を踏み傾けて、天逆手で拍手を打って船を青柴垣に変えて、その中に隠れられました。

建御名方神と対決

そこで、建御雷神之男が大国主神に尋ねます。

スサノヲ

貴殿の子の八重言代主神の考えは聞いてのとおりだが。
他に訊ねる子はいるのか?

オオクニヌシ

そうさね。
まだ建御名方神(タケミナカタの神)がおりますな。
これ以外にはおりませぬが。

そんな所に、建御名方神が千引石を引っさげてやってきました。

タケミナカタ

おうおうおうっ!
我らの国に来て、こそこそぶつぶつ言っているのは誰だ!
文句があるなら力比べで決めようぞ!
まず、俺がお前の手を掴むぞ!

と言いました。

そこで、建御雷神之男が建御名方神に手を掴ませました。

すると、建御雷神之男の手は氷柱となり、次には剣の刃に変わりました。その為、建御名方神は恐れ慄いて引き下がりました。

今度は逆に、建御雷神之男が建御名方神の手を掴みます。

柔らかい葦を摘み取るように握り潰して放り投げると、建御名方神は逃げ去ってしまいました。

それを追いかけて追いかけて、科野国(しなののくに)の諏訪の湖に追い詰めて殺そうとすると、

タケミナカタ

恐れ入りました。お願いですから殺さないで下さい。
この地以外には何処にも行きません。また父の大国主神の命令にも背きません。八重言代主神の言葉にも背きません。
この葦原中国は天神の御子のおっしゃるとおりに差し出しましょう。

と言って、観念しました。

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ひとことメモ

伊都之尾羽張神

伊邪那岐命が佩いていた剣の神。ですから、迦具土命を斬った剣ということになります。剣の神ですから、強そうですね。最初から剣の神を派遣すればよかったのに、、、

建御雷之男神

伊都之尾羽張神で迦具土命を斬った時に飛び散った血から現れた神。なので、伊都之尾羽張神の子とされています。神格は剣の神とするのが一般的。でも、雷神として雨を降らすだとか、鉄製農機具に関わる神とも。

天尾羽張神

伊都之尾羽張神の別名。なぜ一つの文節で二つの名前を使うのか。何か意味があるのか。よくわかりません!

もうひとつ。水を噴き上げているというのは、何を言いたかったのでしょうか。

  • 天尾羽張は剣の神。
  • 天安河の上流に住んでいる。
  • 天安河の上流では鉱石がとれる。(天岩戸隠れ神話で出てきました。)

ということからして、砂鉄採取か何かを行う時に、水を噴き上げるような、あるいは塞き止めるような工程があったのでは?と思ったりしてます。

天迦久神

迦久は鹿児(かこ)で、天迦久神は鹿の神といわれています。

鹿だから、山を駆け上がったり駆け下りたり、泳ぎも得意。

人の行けないところへも行けますから。使者としては最適です。

天鳥船神

伊邪那岐と伊邪那美の神生みで生まれた鳥之石楠船神(とりのいわくすふねの神)の亦の名です。

八重事代主神

このように、まずは大国主神の御子、すなわち出雲の神として登場しますが、

奈良県御所市あたりでは、葛城鴨氏が信仰してきた神で、田の神として祀られています。(鴨都波神社)また、出雲で隠れたあと、伊豆の三島に移動して祀られたとも。(三嶋大社

宮中の御巫八神の一つにもなっていますから、国津神でありながら天津神に協力した、いわば朝廷への功労者的な扱われ方をしたのでしょうか。

天逆手

隠れるときに行った事代主神の行為が謎めいていますね。「天逆手」を打つというのは、どういう行為でしょう。手の甲で柏手を打つというのが一般的な解釈のようですが、その真相は分からないようです。

いずれにしても、呪術の一種でしょう。呪いの柏手???かも。

そりゃそうでしょう。造り固めた国を献上せよと言われたら、誰でも呪いたくなりますよね。

建御名方神

諏訪大社の主祭神です。一説には、高志国(北陸:新潟)の沼河比売と大国主神の子とされていますから、北陸を治めていたのでしょう。ですので、出雲から逃げて、、、というよりは、国譲りを受けて、新潟から川上へと隠居したということなのでしょう。

神話では負けたとは言え、武勇の神様であることには変わりありません。

大国主神の後継者

建御名方神が「事代主神にも背きません」と言ったことから、この頃には大国主神は隠居していて、事代主神が全権を握っていたように思えます。

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