海幸・山幸①|道具の交換、失われた釣り針

2019年9月4日

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釣り針を返せ!

現代語

兄の火照命(ホデリの命)は海佐知比古(=漁師)として、海の大小の魚を獲り、弟の火遠理命(ホヲリの命)は山佐知比古(=猟師)として、いろいろな獣(けもの)を獲って暮らしていました。

ある時、弟の火遠理命が、兄の火照命に、

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それぞれの道具を取り替えてみようよ。

と三回お願いしても断られていたのですが、やっと、わずかな間だけ交換してくれることになりました。

弟は、意気揚々と釣針で魚を釣ろうとしましたが、一匹も釣れず、挙句の果てには兄の大切な釣針を海で無くしてしまいました。

数日後、兄の火照命が

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弓矢も釣針ってな道具はさ、慣れた者が使ってこそ山の幸や海の幸が獲れるんだよ。そろそろ元に戻そうぜ。

と自分の釣針を求めると、弟の火遠理命は

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実は、、、
お兄さんの釣針で魚を釣ろうとしんだけど、一匹の魚も釣れず、おまけに釣針を海で失ってしまったんだ。
ごめん。。。

と、正直に答えました。

しかし、兄は自分の釣針をどうしても返せと譲りません、

弟は自分の十拳剣をつぶして五百本の釣針を作って差し出しましたが、受け取ってもらえず、一千本の釣針を作って償おうとしても受け取ってもらえません。

兄は、どうしても自分の釣針が欲しいと言い張るのみです。

原文

故、火照命者、爲海佐知毘古此四字以音下效此而、取鰭廣物・鰭狹物、火遠理命者、爲山佐知毘古而、取毛麤物・毛柔物。爾火遠理命、謂其兄火照命「各相易佐知欲用。」三度雖乞、不許、然遂纔得相易。爾火遠理命、以海佐知釣魚、都不得一魚、亦其鉤失海。於是、其兄火照命、乞其鉤曰「山佐知母、己之佐知佐知、海佐知母、已之佐知佐知。今各謂返佐知。」之時佐知二字以音、其弟火遠理命答曰「汝鉤者、釣魚不得一魚、遂失海。」然其兄強乞徵、故其弟、破御佩之十拳劒、作五百鉤、雖償不取、亦作一千鉤、雖償不受、云「猶欲得其正本鉤。」

簡単な解説

漁師と猟師

邇邇芸命という天孫の子供たちは、成長して漁師と猟師になっていますね。地上で最も貴い神の御子が、、、です。別にいいんですけどね。

お話としては、とてもダイナミックな転換。起承転結の「転」でしょうか。「結」が楽しみになります。

佐知

佐知は「道具」という意味ですが、「幸」(獲物)という意味もあるようです。まさに、山海の幸(佐知)ですね。

 

塩じいさんが教えてくれた

現代語

困った弟の火遠理命が泣き悩んで海辺にいると、塩椎神(シオツチの神)が来て尋ねました。

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虚空津日高(そらつひこ=天孫の御子)様。
なにをそんなに泣いておられるのですか?
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私と兄さんとで道具を交換しんだけどさあ、兄さんの道具の釣針を失くしてちゃったんだよね。

沢山の釣針をつくって許してもらおうとしたんだけど、受け取ってくれなんだ。

どうしても自分が持っていた釣針を返せと言ってきかないだ。泣きたくなるよ。

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おお。。そうなんですね。
では、私があなた様のために良いことを教えてしんぜましょう。

と言って、竹で編んだ小舟を造り、その船に乗せて、こう教えてくれました。

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私がこの船を海に押し出しますから、しばらくそのまま進むに任せてください。そのうちに、いい潮路がありますから、その流れに乗って進んでください。

そうすると、魚の鱗のように屋根を葺いた宮が見えてくるはずです。その宮が、海の神「綿津見大神」の宮です。

門に着いたら、すぐ横にある井戸のそばに桂の木があります。

その木の上にいれば、綿津見神の娘が見つけて、うまくやってくれるでしょう。

原文

於是其弟、泣患居海邊之時、鹽椎神來、問曰「何虛空津日高之泣患所由。」答言「我與兄易鉤而、失其鉤。是乞其鉤故、雖償多鉤、不受、云猶欲得其本鉤。故泣患之。」爾鹽椎神、云「我爲汝命、作善議。」卽造无間勝間之小船、載其船、以教曰「我押流其船者、差暫往。將有味御路、乃乘其道往者、如魚鱗所造之宮室、其綿津見神之宮者也。到其神御門者、傍之井上、有湯津香木。故坐其木上者、其海神之女、見相議者也。」訓香木云加都良、木。

簡単な解説

塩椎神(シオツチの神)

日本書紀では塩土老翁(しおづちのおじ)という名で登場します。

「シオ=潮、ツ=の、チ=神霊」で、潮の神霊です。潮流を司る神となりましょう。だから、潮路に乗って、、、と教えたんですね。

虚空津日高(そらつひこ)

父である邇邇芸命は「天津日高」。天で生まれた日神の子というような意味で、天照の嫡流という意味にもなります。

その御子の火遠理命が「虚空津日高」と呼ばれています。

虚空(そら)は、天と地の中間。天上でもなく、地上でもないところで生まれた日の神の子と言った意味になります。

よくわかりませんよね。

想像ですが、もともとの伝承では、邇邇芸命が天上から地上へ降りる途中で生まれた子だったのかも。なんてね。

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