海幸・山幸③|塩満珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおふるたま)

2019年9月4日

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地上に帰ろう!

現代語

そこで、その鯛の喉を調べてみると、なんと釣針がありました。それを取り出し洗い清めて、火遠理命に返しました。

返すとき、綿津見の大神は、このように教えました。

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よいかの。この釣針をお兄さんに返す時は、「コノチハ オボチ ススチ マヂチ ウルチ」と呪文を唱えて、うしろ手にして渡しなさい。

海神秘伝の呪文を教えます。

そして続けて、

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もし、お兄さんが高田(あげた)を作ったなら、あなたは下田(くぼた)を作り、
お兄さんが下田を作ったなら、あなたは高田をお作りなさい。そうすれば、私は水を自在に操れるから、三年間できっとお兄さんは貧しくなるじゃろうて。

さらに続けます。

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もし、このことを怨みに思ってお兄さんが怒って来たならばのぅ。
鹽盈珠(しほみつたま)鹽乾珠(しほふるたま)を渡しておくで、鹽盈珠を出して溺れさせ、助けを求めたら、鹽乾珠を出して助けてやれ。大いに悩み苦しませるのじゃ。

なんと海神の至宝の鹽盈珠(しほみつたま)鹽乾珠(しほふるたま)、まで譲りました。

そして、綿津見神は、すべての和邇魚(わに=サメ?)を呼び集めて、

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皆の者! 天津日高様の御子である虚空津日高様が海の上の葦原中國にお戻りになられるぞ!
何日でお送りして報告に戻れるか申してみよ!

と尋ねた。

それぞれ身の丈に応じて日数を申し上げる中で、一尋和邇(ひとひろわに)が

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私なら一日でお送りして、その日のうちに帰って来て見せましょうぞ。

と申し上げました。

そこで、その一尋和邇に、

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ならば、そちが送って差し上げよ!
いうておくが、海の中では決して怖がらせてはならんぞ!

と言って、和邇(わに)の首に御子をお乗せして送り出しました。

一尋和邇は約束通りに一日でお送りました。

一尋和邇が戻ろうとした時、火遠理命は、褒美として腰につけていた紐小刀を和邇の首にくくり付けて返しましたので、この一尋和邇は、今、佐比持神(サヒモチの神)といいます。佐比とは刀のことです。

原文

於是、探赤海鯽魚之喉者、有鉤。卽取出而淸洗、奉火遠理命之時、其綿津見大

神誨曰之「以此鉤給其兄時、言狀者『此鉤者、淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤』云而、於後手賜。於煩及須須亦宇流六字以音。然而其兄、作高田者、汝命營下田。其兄作下田者、汝命營高田。爲然者、吾掌水故、三年之間、必其兄貧窮。若恨怨其爲然之事而攻戰者、出鹽盈珠而溺、若其愁請者、出鹽乾珠而活、如此令惚苦。」云、授鹽盈珠・鹽乾珠、幷兩箇。

卽悉召集和邇魚問曰「今、天津日高之御子虛空津日高、爲將出幸上國。誰者幾日送奉而覆奏。」故各隨己身之尋長、限日而白之中、一尋和邇白「僕者、一日送、卽還來。」故爾告其一尋和邇「然者汝送奉。若渡海中時、無令惶畏。」卽載其和邇之頸送出。故如期、一日之內送奉也。其和邇將返之時、解所佩之紐小刀、著其頸而返。故其一尋和邇者、於今謂佐比持神也。

簡単な解説

呪文の意味

此鉤者、淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤
コノチハ オボチ ススチ マヂチ ウルチ
この釣針は、憂鬱の針、落ち着かない針、貧しい針、うろたえる針

ですと。恐ろしいですね。

うしろ手

これも呪い(まじない)の一つとされています。

伊邪那岐命が黄泉の国から逃げ帰るとき、追いかけてくる黄泉醜女を追い払うために、十握剣をうしろ手に振る仕草をしました。

こちらは、邪悪なものを祓う呪い(まじない)でした。

国譲りでは、事代主命が「逆手」を打ちました。これも何かの呪術と考えられています。

兄との対決

さて、地上に戻った火遠理命は、大綿津見神の教え通りに釣針を兄に返しました。

すると、兄は段々貧しくなって、気性も荒くなり、遂に怒ってやってきました。

兄が攻めてきたときには、鹽盈珠を出して溺れさせ、兄が助けを求めると、弟は鹽乾珠を出して救ってやりました。

このように悩み苦しめ続けたので、兄は

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これから後、私はあなた様の守護人(まもりびと)としてお仕えいたします。

と地面に頭をこすりつけて謝りました。

その為、今に至るまで、溺れた時の様々な仕種を演じて、朝廷に仕えているのです。

原文

是以、備如海神之教言、與其鉤。故自爾以後、稍兪貧、更起荒心迫來。將攻之時、出鹽盈珠而令溺、其愁請者、出鹽乾珠而救、如此令惚苦之時、稽首白「僕者自今以後、爲汝命之晝夜守護人而仕奉。」故至今、其溺時之種種之態、不絶仕奉也。

簡単な解説

鹽盈珠と鹽乾珠

潮の干満を自在に操ることが出来る珠。

モーゼがエジプトから逃げるとき、紅海の潮を引かせて海を渡り、追手が来ると潮を満たして撃退する。というシーンを思い浮かべてしまいますね。

隼人

海幸彦(火照命)は隼人の祖とされ、この神話は、朝廷の祖先が隼人を平定した様子を描いているのだと言われています。

「溺れた時の様々な仕種を演じて」とあるのは、中世まで大嘗祭で行われていた儀式の一つ「隼人舞」を指すとされています。

古代のものと同じかどうかはわかりませんが、鹿児島神宮で「隼人舞」が今でも行われているそうです。

また、京田辺市大住の「月讀神社」に「隼人舞発祥之碑」があり、毎年秋の祭りで隼人舞が奉納されるそうですよ。

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