倭建命①|小碓命の兄殺し。この男、凶暴につき。。。

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大碓命(おおうす)

現代語

天皇は、美濃國造(みののくにのみやつこ)の祖の大根王(オホネの皇子)の娘の兄比賣(エヒメ)と弟比賣(オトヒメ)の二人が大変美人だと聞き、召されようとして大碓命を遣わせました。

しかし、大碓命は、その二人を手元に置いて、自分が娶り、別の姫を兄比賣弟比賣と偽って、天皇に奉りました。

天皇は、連れて来られた姫たちが偽者だと知って、いつも見ているだけで、交ぐわいをせずに苛めました。

大碓命が兄比賣を娶って生まれた子は、押黑之兄日子王(オシクロノエヒコの皇子)で、三野之宇泥須和氣(みののうねすわけ)の祖です。

大碓命が弟比賣を娶って生まれました子は、押黑弟日子王(オシクロノオトヒオコの皇子)で、牟宜都君(むげつのきみ)らの祖です。

原文

於是天皇、聞看定三野國造之祖大根王之女・名兄比賣・弟比賣二孃子其容姿麗美而、遣其御子大碓命以喚上。故其所遣大碓命、勿召上而、卽己自婚其二孃子、更求他女人、詐名其孃女而貢上。於是天皇、知其他女、恒令經長眼、亦勿婚而惚也。故其大碓命、娶兄比賣、生子、押黑之兄日子王。此者三野之宇泥須和氣之祖。亦娶弟比賣、生子、押黑弟日子王。此者牟宜都君等之祖。 

簡単な解説

兄比賣・弟比賣

一般的に、兄比賣は姉で、弟比賣は妹という意味となり、姫の名前ではないのですが、この姉妹は、日本書紀では兄遠子・弟遠子となっていますので、姉妹の名なのかもしれません。

大碓命

小碓命(倭建命:日本武尊)とは双子の兄弟といわれています。

小碓命の西征

現代語

ある日、天皇が小碓命に言いました。

「お前の兄は、どうして朝夕の食卓に姿を現さないのだ。出て来るように泥疑(ねぎ)して、教えてきてくれぬか。」

しかしその後、五日経っても大碓命は食卓に出てきません。

そこで、天皇は小碓命に尋ねます。

「なぜ、兄はまだ姿を現さないのだ?まだ伝えていないのか?」

「いえ、もう泥疑(ねぎ)しましたよ。」

と答えました。

すると天皇が

「どのように泥疑(ねぎ)したんだ?」

と言うので、小碓命は

「朝、厠へ行かれる時に待ち伏せて、捕まえて組み敷いて押しつぶして、手足を引きちぎって、薦にいれて、投げ棄てましたよ。」

と答えました。

「ええっ」

天皇は、小碓命の荒々しい性格を恐れて、

「小碓命よ。西の国に熊曾建(くまそたける)という二人がおるのじゃが、いまだ朝廷に従わず非礼な者らなのだ。そこで、奴らを平定して来てくれぬか?」

と言って、西の国に行かせました。

この時の小碓命は、まだ御髮を額で結っているような年頃でした。

原文

天皇詔小碓命「何汝兄於朝夕之大御食不參出來、專汝泥疑教覺。  泥疑二字以音、下效此。  」如此詔以後、至于五日、猶不參出。爾天皇問賜小碓命「何汝兄久不參出。若有未誨乎。」答白「既爲泥疑也。」又詔「如何泥疑之。」答白「朝署入廁之時、待捕、搤批而、引闕其枝、裹薦投棄。」

於是天皇、惶其御子之建荒之情而詔之「西方有熊曾建二人。是不伏无禮人等。故、取其人等。」而遣。當此之時、其御髮、結額也。

簡単な解説

泥疑(ねぎ)

なかなか、意味不明な会話になってますよね。

まずは、泥疑(ねぎ:ねぐ)の意味ですが、ねんごろ、ねぎらう、お願いする、などの意味があるらしいです。

さて、ここの天皇と小碓命の会話の、私なりのイメージは、、、

大碓命が、父の気に入った姉妹を横取りしたことから始まります。

天皇は、大碓命が家族で一緒に食事をしないのは、姫を横取りしたことを気にしているからだと思い、小碓命に「うまく労って、教えてこい」と命じました。

「遠くまでご苦労さんだったね。もういいから一緒に食べよう」という天皇の優しさです。

しかし、小碓命は天皇の心を深読みし過ぎました。その「ねぐ:労う」を「ねぐ=ねんごろになる=可愛がる=いたぶる」と理解して、平たく言うと、チンピラのセリフ「テメエ、可愛がってやろうか」的に理解して、殺してしまったのです。

そんな風に思います。

 

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倭建命

Posted by リョウ