21代雄略天皇②|80年間待った乙女

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引田部の赤猪子

現代語

またある時、天皇が出かけられ、美和河(みわのかは)にお着きになられた時、洗濯をしている乙女がいました。

その子は大変美人だったので、天皇が

「そなたは誰の子か?」

と尋ねられると、

「私は引田部の赤猪子(あかゐこ)と申します」

と答えました。

「そなたは嫁に行かずにいろよ。すぐに声を掛けるからな。」

とおっしゃられて、宮に戻られました。

赤猪子が天皇のお声掛けを待っていると、なんと八十年もの歳月が流れました。

赤猪子は思いました。

「天皇のお呼びを待っている間に多くの歳月が過ぎ去ってしまいました。

花の色は最早(もはや)なく、殿方を引き付けるものは何も無くなってしまいました。

しかし、今までお待ちしていた気持ちを申し上げないことには、気持ち悪くて我慢なりません。」

そして、たくさんの引き出物を持たせて、宮殿に参上して天皇に献上しました。

しかし、天皇は先のことは忘れておられ、赤猪子に

「そなたは誰の老女だ。どんな訳で来たのか」

と尋ねました。

赤猪子が、

「その年のその日に、あなた様からの『迎えに来る』とのお言葉があり、その大命をお待ちすること幾年月。今では色艶も無くなり、お心を引き止めるものは何もありません。されど、お待ちしていた気持ちをはっきりと申し上げなくてはと、心に決めまして、参りました。」

と申し上げました。

天皇は大変驚き、

「私はそのようなことはすっかり忘れてしまっておった。しかし、あなたは私の言葉を信じ、それを待ち続けてくれていたのか。そのために、花の盛りを無駄に過ごさせてしまったとは、、、非常に心苦しく思うぞよ。」

とおっしゃられ、交ぐわおうと内心思われたが、とてもじゃないが、交ぐわいできる歳ではないと思い直して、御歌を贈られました。

御諸の神の樫の木の
下に立つ橿原の乙女よ
畏れ多くて近づけなかった

また歌われて

引田の栗林の若栗なら食べられたのだが、
若い時に共寝しておけばなあ。
歳を取り過ぎたよなあ

この歌で、赤猪子は泣き、涙が赤い服の袖を濡らしました。そして、歌でお答えしました

御諸に玉垣つくったが、
誰も来ずに作り余った
誰を頼ればよいのやら
この神の宮人よ

また歌って

草香江の入り江の蓮。
花がきれいな蓮のように、
今が盛りの人が羨ましい

天皇は、老女に多くの品を持たせて、国に戻されました。この四歌を志都歌(しつうた)といいます。

原文

亦一時、天皇遊行到於美和河之時、河邊有洗衣童女、其容姿甚麗。天皇問其童女「汝者誰子。」答白「己名謂引田部赤猪子。」爾令詔者「汝、不嫁夫。今將喚。」而、還坐於宮。故其赤猪子、仰待天皇之命、既經八十歲。於是、赤猪子以爲、望命之間已經多年、姿體痩萎、更無所恃、然、非顯待情不忍於悒。而令持百取之机代物、參出貢獻。

然天皇、既忘先所命之事、問其赤猪子曰「汝者誰老女。何由以參來。」爾赤猪子答白「其年其月、被天皇之命、仰待大命、至于今日經八十歲。今容姿既耆、更無所恃。然、顯白己志以參出耳。」於是、天皇大驚「吾既忘先事。然汝守志待命、徒過盛年、是甚愛悲。」心裏欲婚、憚其極老、不得成婚而賜御歌。其歌曰、

美母呂能 伊都加斯賀母登 賀斯賀母登 由由斯伎加母 加志波良袁登賣

又歌曰、

比氣多能 和加久流須婆良 和加久閇爾 韋泥弖麻斯母能 淤伊爾祁流加母

爾赤猪子之泣淚、悉濕其所服之丹摺袖。答其大御歌而歌曰、

美母呂爾 都久夜多麻加岐 都岐阿麻斯 多爾加母余良牟 加微能美夜比登

又歌曰、

久佐迦延能 伊理延能波知須 波那婆知須 微能佐加理毘登 登母志岐呂加母

爾多祿給其老女以返遣也。故此四歌、志都歌也。

簡単な解説(感想)

この老女、雄略天皇の気性の荒さは知っているはず。にもかかわらず宮殿まで押しかけて文句を言いました。

手打ちにされてもおかしくないはず。死を覚悟して事に臨んだのでしょう。それほどまでに悔しかったのでしょうね。

一方で、怒らなかった雄略天皇が奇妙に感じられます。一瞬でも「交ぐわおうかな?」と思ったなんて、、、「いつもの雄略じゃな~い。」といった感じですね。

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